白狼と猟犬 第六十話
「出来る出来る」
ジャムの瓶を開けてティースプーン山盛りのジャムを持ち上げると、濃い赤紫のジャム山をコーヒーにスプーンごと思い切り入れてそのままくるくると回し始めた。
「今も言ったけど、自分で双眼鏡作り出すみたいなもんだからな。
やり方次第だが、共和国製のスコープみたいにするのはなかなかの精度が必要で、レンズの大きさはよほどの手練れでなければ必然的に大きくなる傾向がある。
でも、それだと弾の軌道上にある魔力レンズがどうしても被ってくるんだよ。それは魔力防壁みたいな感じに作用しちまうから、モロに影響を受ける魔法射出式は威力が強くても撃てねーな。下手すりゃ跳ね返ってくる。使うとしたら実弾込みの魔力雷管式か、魔力射出式だろ。
だが、そっちでも影響が皆無ってワケでもない。レンズ自体は魔法を空気だとかに物理的に干渉させて発生させてるわけだから、ある程度弾に威力がないとその展開した魔力場に捕らわれて弾の勢いが多少なり萎えちまう。それ込みで狙いを補正する必要も出てくるし。
だから使うとしたら、火薬の多い魔力雷管式か威力のコントロール規制が適用されていない法外の魔力射出式で……わかんねぇって顔すんなよ。要するに、錬金術でもできる」
「左様ですか」
私の短い返事に奥方は黙った。
回していたスプーンを止めて渦を巻いているコーヒーを口元に運び一口付けた。すると酸っぱそうに眉間に皺を寄せていた。
すぐさまコーヒーを置き机に向かい置いてあった書類束を持ち上げて手元に寄せてペンを持ち上げると、再び書き込みを始めた。
「その様子だと、何か分かったようだな」
「セシリアと奥方を狙撃した者が判明した、かと。北公軍ポルッカ・ラーヌヤルヴィ下佐です」
「ポルッカ・ラーヌヤルヴィ……。ああ、なるほど。あのハンパ白髪で左利きの軍人か。こいつらは、またガキをねぇ」
奥方は書類を見たまま、左手で顎を擦った。そのまま顎を人差し指でとんとんとたたき、考え込んでいるように三分ほど黙った。
そして、「ここでの指揮権がムーバリにあるとすれば、そいつの独断専行だろうなぁ。ムーバリだろうがモンタンだろうが、あいつは無駄なことはしない。私なんか撃ってどうすんだよ。立場知って指示出すなんざ、厄介ごと増やすだけだろ。これまでの狙撃は北公にとって時間の無駄でしかない」と冷静に言った。
奥方はペンを投げ捨て机を蹴り上げ烈火の如く怒り暴れ出すかと思っていたが、怒る様子は全くと言っていいほど無く、それどころかどこかわかりきっていたかのような反応を見せた。
ムーバリが先ほど基地内に現れて私に言付けをしていったことは報告していない。
彼は会話の中では独断専行だとは明言しなかったが、その会話の節々からそうであるのだと臭わせてはいた。
奥方の話しぶりはまるで独断専行であることなどとうに知っていたかのようだ。ムーバリは奥方にも報告をしたのだろうか。しかし、直に聞いた様子はなく、彼と彼女の言動から読み取っているようにも感じる。