白狼と猟犬 第五十九話
「コーヒーが入りましたので、お持ち致しました」
夜半を過ぎた頃だ。爪の先のような月はだいぶ前に沈み、暗くて星の瞬きが久しくよく見える夜だった。
他の女中たちや共和国軍兵士は夜間の哨戒にあたる者を除いて休息時間に入っていたが、奥方がまだ仕事中だと伺ったので私はコーヒーを淹れてオフィスまで運んだ。
「ジューリアか。女中どもにはコーヒーはいらないと伝えていたハズだが?」
「その指示を私は聞いていなかったようです。申し訳ありません」
奥方は咎める様子は無かった。先ほど、私が北公の拠点に向かったことについての報告があると分かっている様子だ。
私がコーヒーの乗ったプレートを持ち側へ近づくと、奥方は何も言わずに椅子の背もたれに寄りかかると伸びをして、プレートの上のコーヒーを持ち上げた。
「奥方、少々お時間よろしいでしょうか?」
尋ねると奥方はカップを持ったまま一度止まった。そして、視線を斜め右後ろにいる私に投げかけてきた。
「錬金術についてお尋ねしたいのですが、視界の補正のようなことは可能ですか?」
視線に促されるように再びそう尋ねると、奥方は黙ったまま湯気の上がるカップを口に付けて一口飲み、目をつぶった。
「なんか具体的じゃねぇな。視野補正にも色々あるぞ? 可視光外広域波長可視化とか、サーモとか、私がまだ連盟政府にいた頃にはすでに反響定位可視化とかもあったぞ」
「そこまで高度なのではないです。そうですね。大雑把に例えれば、より遠くを見通せたり、とか」
あぁーと声を出すとコーヒーカップを置き、机に肘を突き考え込むように頬杖を突いた。だが、プレートの上にコケモモのジャムが載っているのをみると身体を起こし、手を伸ばしてきた。
「無理ではないな。熱を利用して大気中の水分だとかをコントロールするなら炎熱系が良いと思うが、どの魔法も原理は基本的に同じだから錬金術でもたぶん出来るぞ。気象条件やら時間帯やらを考慮する必要があるから精密さがいるけど。
私にゃどんだけ離れててもマジックアイテムで移動魔法使えば距離を無視できるからよくわからんけど、たぶんだが、錬金術を応用して前方に大きなレンズを作ってるんだろうよ。
ただ、いくら遠くを見たいからと言って星を見るみたいな望遠鏡レベルじゃ使い物にならない。
星は無限遠だから、遠くのものと言うよりも点で考えるからな。地上のものは近すぎて焦点を合わせられないんだよ。地上で使うならせいぜい双眼鏡くらいで充分だな」
「ややこしいですね。それを狙撃に応用することも可能でしょうか?」




