白狼と猟犬 第五十七話
「モンタン……いや、その様子じゃ上佐殿か。なんだい? 撃ち漏らした部下の尻でも拭きに来たのかい?」
なるほど、確かに基地に戻るまでの間に狙われているような感覚が全く無かったわけだ。
だが、おそらくモンタンは私を殺すつもりはない。発見される時間までを考慮できるプロならば、誰がどこにいるか分かる基地内部よりも、無人エリアに無数に乱立し区別の付かない廃屋の陰の方がやりやすいはずだ。
不気味に姿を現さないで話しかけてくると言うことは、今はムーバリとしてそこにいるのだろう。
私はメンテナンスの手を止めることなくその声に耳を傾けた。
「いえ、謝罪と忠告です。まず、セシリアのときに証拠となり得る物を隠蔽したことは謝りましょう。全てが白日の下にさらされた今、隠蔽はもはや無意味です。私が上司として彼女よりも先に隠蔽しました」
「ほじくり返した後もぼやかすほどの丁寧な仕事だったからな。やっぱりあんただったか。
子どもを狙うとは度し難いが、銃を持った時点で仕方ないと言えば、まぁ。
あんたも無駄な争いを防ぐつもりだったんだろ? 私よりもまずイズミ殿に謝りな。……いや、やめといたほうがいいか」
ボアガイドを銃身に入れてソルベントの蓋を開けた。共和国製のソルベントの臭いは強烈で、饐えたようなそれでいて乾き腐ったような独特な臭いがする。何年も嗅いでいるが、未だになれることが出来ない。
パッチにソルベントを付けてすぐに蓋を閉めた。
「彼にはいずれ伝わるでしょう。そのときどうするか、それは彼次第です。謝れというのなら、上官として平身低頭、謝るだけのこと」
「下げるだけの頭なら安いもんだ。そのまま切り落とされないといいな。なるだけ遅い方が良いんじゃないかい? 仲間はずれになるよ?」
「遅いとは、いつでしょうか。残念なことに、こちらからそのときをいつにしろとは指定できませんよ。彼は怒るでしょうが、セシリアはどうでしょうね。それに、彼も話をきちんと聞く人です。それはあなたもご存じのはずですよ」
お前にセシリアが懐いているのはそういうことか。
ボアガイドにソルベント臭いパッチを沿わせて銃身内部を丁寧に押し込み、ゆっくりと二、三度押し出すように磨いた。預かってから撃った弾数も多くはないので、それ以上に汚れは取れなかった。
「さて、忠告についてです。理由は定かではありませんがポルッカ・ラーヌヤルヴィはセシリアを狙いました。しかし、結局失敗に終わったので懲りたと思ったのですが、今度は共和国軍部省長官を狙いました。彼女がここまで愚かとは思いも寄りませんでした」
スナイパーの失敗がどういうものであるか、彼女も知らないはずがない。それとも、本当に知らないのか。銃の歴史が浅い北公ではなきにしもあらず。
チャンバーはセシリアによる普段のマメなメンテナンスが施されているおかげで頑固には汚れていなかった。ソルベントとパッチで軽く拭き取るだけにして、ガンオイルを銃身に注した。




