白狼と猟犬 第五十六話
共和国軍基地に戻り自室の机の上にキャンバス布を広げると、油や汚れで黒くなった布から古くさい臭いが漂った。丸まらないようにと四隅を抑えようと手でならしていたが、手がふと止まった。
これまでそれを長い間拳銃のメンテナンスに使ってきたが、そのときばかりはなぜかオイルの黒い汚れが目に付き、そして微かなソルベントの臭いがやたらと鼻についたのだ。
このままでは気が散りそうなので、これまで使っていた布を捨て新しいキャンバス布を取り出して敷き直した。
そして、アスプルンド零年式二十二口径魔力雷管式小銃をその上に音も立てないほどゆっくりと横たえた。
私は奥方への報告よりも先に、銃のメンテナンスに取りかかっていた。勝負が始まったからではない。これは日課なのだ。
しかし、やはり明確な的がいるときはメンテナンスにも自然と気合いが入る。
沈みかけた太陽の燃え尽きるような西日がブラインドの隙間から差し込み、部屋の中の全ては焼けた鉄のように赤くなっていた。遠くで共和国軍の兵士たちが走っているのか、気合いの入った掛け声と身につけている金属が揺れてぶつかり合う音が聞こえている。
そろそろ暗くなり始める頃だ。
手元を照らすライトを点けたが、調子が悪いのかすぐには点かなかった。二、三度電源を落とし、付け直すとちかちかとガラスのコップを爪で弾いたような音を立てて手元を照らし出した。ライトが安定したので作業を始めた。
低い音を立てるライトの下で銃を分解して、広げたキャンバス布の上に部品を一つ一つ置いていき状態を確認をしていった。銃身、チャンバー、ボルト……。どれも付いている汚れは僅かだ。セシリアがしっかりとメンテナンスをしていたようだ。
サイドテーブルに置いていた道具箱を机に移し替えると、突然部屋のドアが軋みを上げて不自然に僅かに開いた。
不気味だが、振り向かず作業に没頭しているふりをして視線だけを向けた。
廊下と自室はドアで開かれ、気がつかない間に起きていた笛鳴りは押し広げられるような音を上げて止まり、入れ替わるように廊下からゴウンゴウンと遠くの換気の音が聞こえ始めた。
しばらくそれを聞いていると声が聞こえた。
「無事にここまで戻れたようで安心しました。彼女たちには、必ず三人でやるようにと、とても面倒な仕事を任せておきましたので」
非常に小さく、換気扇の大きな音に飲み込まれてしまいそうなほどの声だったが、聞き取りやすくまるで耳元に囁かれているかのようにはっきりと聞こえた。そして、聞き覚えのある声だった。