白狼と猟犬 第五十三話
私がポケットに手を入れると同時に左右の二人は杖を掲げてその先端を私に向けて来た。だが、構わずにムーバリの言葉を遮り、銃弾の入ったケースをムーバリのデスクに投げつけた。
ケースはデスクの上でカチャリと音を立て一度跳ねると蓋を開き、中に入っていた銃弾を外に放り出した。そして、弧を描くように転がった銃弾は、デスクについていたムーバリの肘に当たり、体を揺らしてやがて止まった。
ムーバリは言葉を打ち切り、肘にぶつかったそれを見つめて黙り込んだ。そして、瞬きと同時に視線を再び私に向けた。ただ見つめているのではなく、顎を引き気味に強く鋭く睨みつけている。
ここにきてやっと表情が変わった。だが、スパイが顔を曇らせるほどの核心に近づいたわけだ。
しかし、なんとも全くもって面倒くさい三文芝居だ。私は銃を知らない連盟政府の民間団体のふりをしなければいけないし、ムーバリもそのつもりで対応している。ここで私が共和国の者であることを、ムーバリは安易には言えないのはわかっている。
万が一、言ってしまったとしても、ムーバリがあちこちのスパイであることはもう知れ渡っているが、この男が何をどうしているのかをこちらが具体的に話せばいい。
ムーバリは無言のまま弾丸の底面を人差し指で押し、上に向けるように立てた。オレンジの輝きを照り返すと、その見覚えのある真鍮の輝きに、杖を掲げていた二人は驚いた表情になっていった。
「何も知らないってのは語弊があるな。私らも噂で聞いたことがある。これは北公の最新式の銃らしいじゃないか。フリントロック式よりも金属の弾をより正確に飛ばして相手を攻撃するってな。
で、私の上司が撃たれたときにこいつが残ってて、話を聞けば北公の弾丸らしいときたものだ。
実は私も連盟政府がエルフどもから接収したフリントロック式の銃を扱ったことがあってね。銃にはちっとばかし詳しいんだよ。
それにしても遠くからこそこそと、卑怯だねぇ。どんだけ技術が進歩したところで銃なんざ、どうせ当たりもしないくせに。鉄と火薬の無駄遣いして出せるのはデカい音だけじゃないか」
北公は共和国ほどではないが戦力を銃にかなりシフトしている。私が連盟政府の素人のふりをして主力兵器を馬鹿にすれば、誰かしら――おそらく銃をこよなく愛する誰かさんが噛みついてくるのは間違いない。
だが、さすがに足りないだろう。何かもう一押――。
「貴様、北公製の銃を侮辱するのか!? これは我々の象徴だぞ! 当たりもしないフリントロック式を触っただけのズブのド素人が銃を語るな! 今すぐ撤回しろ!」