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勇者の働き方崩壊編 第七話

 カトウは極端なのだろうか。


 俺は依頼がどんなもがあるか確認するために、夜明けとともに職業会館へ一度寄った。その後、少し早めに集合場所に行くと彼の姿はすでにあった。

 燃料の切れたランプ、おそらく何かを食べた跡、どこから持ってきたのか青いシュラフ。早めに、と言うより、ずっとそこにいたかのような姿だった。シュラフに包まれて気持ちよさそうに寝息を立てているカトウの姿は否が応にでも目立ち、まだ少ないが広場を通過する人々の好奇の目を集めている。シバサキがよく座り込み説教をする角材の前で丸まっている彼に近づくと、足音に気が付いたのか、んなぁと声を上げると薄目をゆっくり開けた。


「あ、センパイ。おはようございます」


 芋虫のようにシュラフを着けたまま俺の前まで移動し、ジッパーをするすると下げた。


「お、おはよう。まさかとは思うけど、ここで野宿してたの?」

「そうッス! 絶対に遅刻するわけにはいかないッスから!」


 いひひ、とでも言いそうな白い歯を浮かべ無邪気に笑っている。季節は夏も近く、野宿するにはちょうどいい気候かもしれない。


「寝られた? 硬いところで疲れない?」

「大丈夫ッスよ。ばっちり寝れたッス! よっと」


 さっと立ち上がりシュラフを丸めてゴミやランプを片づけ始めた。準備も割と気合が入っている様子を見るとこれからもやり続けようという意思が見て取れる。遅刻しないためなのはわかったが、これからしばらくの間フレックスタイム制が続き七人体勢で依頼を受ける期間が続くはずだ。

 まさかとは思うが、カトウはその間野宿を続けるつもりなのだろうか。やっぱりうまくきませんでした、とシバサキの気が変わるまでどれほど時間がかかるだろう。


「もしかして、これからずっと野宿するつもり?」

「そうッス!」

「カトウくんさ、さすがにこれをずっと続けるのはしんどいと思うんだけど……」

「いや、頑張るッス!先輩に誘ってもらったのに遅刻するわけにはいかないッスもん」


 ふん、と鼻息を荒くした。やる気に満ち溢れているところに水を差すようだが、野宿は本当にやめた方がいいと思う。

 俺も転生してすぐのころ、洞穴で野宿をしていたが、ほとんど毎日寝不足感があった。しばらくすると慣れるのだが、それまでが非常に体に堪えるのだ。それにその当時の俺はホームレス状態であり、ある種自由気まま生活をしていたが、ここではチームで活動する。一人でふらふらするのとは違って、周りにいる人に気を使わなければいけない。それは非常に疲れるのだ。


 もしかしたら、カトウはシバサキのチームに所属した初期のころに気合を入れ過ぎてしまったから後でつぶれてしまったのではないだろうか。これからが少し心配だ。


 そういえば、遅刻が心配になるほど離れたところに住んでいるのだろうか。


「どこ住んでるの?」

「……広場のすぐ横ッス」


 言いづらいのか首を少し前に出し、上目づかいで見つめてきた。

 自分が住んでいるとところを上司にあんまり言いたくないのはよくわかる。俺も大学病院勤務時代に教授に住所を掌握されるのが死ぬほど怖かった。アパートを勝手に解約するとまでも言われたこともある。


 が、それにしても、近い。ほとんど目の前だ。この集合場所から見える。この距離なら連絡用マジックアイテムもくそもない。それなのになぜ野宿を敢行した。


「カトウくん、わかったよ。今度からちゃんと家で寝て。シバサキに家の場所教えてないでしょ?俺のとこも教えてないし、カトウくんの家の場所も言わないから、ちゃんと家に帰って疲れとって」


 少し不満そうに、はいッス、と返事をした。


「今日は遅刻しなかったしよく頑張ったね。でも、これからは野宿は禁止」

「わかったッス」


 わかってくれたのだろうか。若干不安はあるものの、彼を信じることにした。



 その後はカトウがコーヒーを淹れると言い始め、持っていたマジックアイテムでお湯を沸かし、温かいコーヒーを淹れてくれた。料理がうまいからか、彼の淹れてくれたそれはとても香ばしかった。コーヒーを囲みながら、笹塚と代々木上原はどちらが有能かという話や、住むなら小田急線沿いか京王線沿いかの話など二人で懐かしい東京の話をしながら待っていると、チームイズミの面々が徐々に集まり始めた。

 まずはカミュが来て、カトウは覗きこむように恐る恐る彼女にコーヒーを渡していた。最初は警戒していたカミュだが、一口飲んだ後は、言葉数は少ないが話の輪に入ってきた。

 レアも来て、コーヒー淹れるのがお上手ですね、ならばもっといい豆を使ったほうがいいですよと今度はコーヒー豆を売りつけようとしていた。もちろん彼は買わされていた。

 最後に来たオージーとアンネリ。アンネリは朝が弱いのか、真っ青な顔をして現れた。傍にいるオージーは心配そうだった。コーヒーの匂いを嗅ぐと落ち着いたのか、顔色もよくなった。


 しかし、全員が集合時間前に揃い、さて行動開始だという時のことだ。


 カトウの早すぎる登場に驚かされたが、またしても俺は、その場にいた全員は驚くことになった。集合場所には考えもしなかった人物が現れたのだ。青白い氷河の髪、宝石のような黄色い目、赤黒いコート、毛羽立ったウシャンカ。ククーシュカだ。

 彼女は確かシバサキと組む予定だったはずだ。


「ククーシュカさん、シバサキはいいの?」

「私は組むなんて一言も言ってない」

「で、どうするの?」

「そっちに付いていく。彼と組んでもつまらない」


 ああ、そう。ならかまわなけど。と俺は次回シバサキに会った時が面倒だなと思いつつも、頷いて了承した。しかし、レアはそうもいかなかった。眉間にしわを寄せ彼女を睨み付けている。


「何が狙いですか?」

「狙い? 生活するためのお金をもらうためだけど」

「あなたの二つ名は自ら名乗るわけでもなく、後からつけられたものですよね?カッコウと名付けられることの意味は理解していますか?」


 レアはあくまで冷静を保とうとしているが攻撃的になっていた。それにククーシュカは何も答えなかった。


「とりあえず、いいんじゃないか? ククーシュカさんは強いみたいだし」

「イズミさん、あなたはあまりにも物事を知らなさすぎです。カッコウ(ククーシュカ)という二つ名の理由も」

「カミュは何か知ってるの?」

「私は何も言いません。ただ、カッコウの伝説は凄惨なことで有名です」

「この間は簡単にしか話していませんが、ククーシュカという名はいわくつきなのです」


 レアの語気が次第に強くなっていく。なんだ、このいじめのような雰囲気。

 ククーシュカは目の前で何も言わずに黙っているが、心の中ではそれをどう受け止めているのだろうか。

 ククーシュカという言葉は俺にとってはロシア映画のタイトルで知った程度だ。響きが気に入ってそのまま覚えていただけだ。もともとこの世界の住人ではなく異分子でしかない俺には伝説とか信仰とかどうでもいいとしか思えない。


「とりあえず、いったんは止めにしないか? 朝一から空気が良くないと思う。しばらくはククーシュカさんも仲間と言うことで依頼をこなしていこうよ。ダメになったらその時考えよう」


 レアとカミュをなだめた。シバサキのチームとして活動も限界が見える。女神から連絡が入ればすぐにでも辞めるつもりだ。だから、少し無責任かもしれないが、一時的に誰が仲間になろうともはや関係ない。



 それから、七人向けの討伐依頼を受けることになった。これまで九人で受けてきた討伐任務よりは難易度は下がるものの稼ぎは十分なものだ。その日の討伐は原野に蔓延る魔物退治で、カトウがまず弓を射て遠距離から注目を集め、集団が動いたら俺が魔法を唱え先頭集団を崩し、その後レア、カミュで接近戦に持ち込む、オージー、アンネリはサポート。それでこぼれた敵は機動力攻撃力ともに高いククーシュカが撃退するという作戦を執ることになった。

 カトウは始まる前に「この間の矢は結局使い物にならなかったから、レアさんに頼んで新しくそろえてもらったッス」と言っていて、確かに矢の狙いは正確になっていた。これまでどれだけひどい状態の矢を使っていたのだろうか。

 そのおかげもあり、その日の依頼は大成功を収めることが出来た。得た報酬はかなりの額であり、元のチームなら二か月分の維持費に相当する。九人の時の依頼ではいったいどれくらいもらえていたのだろうか。そして、どうすればそれほどの額を一日で使い尽くすことが出来るのだろうか疑問になった。それらは一度レアのテッセラクトに預けることになった。そのときにカミュと何かを交換していた。二人には何か考えがあるのだろう。俺は隠し事をすると顔にすぐに出るので、二人には何も聞かずに、そして何も見なかったことにした。


 依頼後のすべての手続きが終了したのは夕方近くで、職業会館で解散となった。レアは本部に戻り、カトウはウミツバメ亭に行くようだ。ときどき手伝っているらしい。俺とカミュは照れるカトウをからかいながらついていき食事をとることにした。カミュは今朝のコーヒートークで彼の料理を食べてみたくなったらしい。アンネリは相変わらず体調が良くないようなので、オージーに任せて少し早めに帰した。ククーシュカはいつも通り消えた。



 それから数日の間、それを繰り返した。レアが警戒していたほどにククーシュカはもめ事を起こす気配はなかった。しかし、彼女はどれだけ無表情でもいづらい雰囲気は気になる様子なのか、常に俺のそばにいた。

 そして、七人体制の間カトウはきちんと家に帰り、そして集合時間にも必ず間に合うようになった。俺が広場から見えるその家に迎えに行くことは一度もなく、集合場所にはいつも一番に来ていた。

 そうしていくうちに、俺は彼が何故遅刻していたのか、なんとなくではあるが理由がわかった気がした。仕事がしたくないとか、面倒くさいではない。

 もちろん、それもゼロではないだろう。しかし、一番の理由は『誰かに会いたくない』なのだろう。その会いたくない人がいないだけでこれほどまでに違うのか。自分がその『会いたくない人』なってしまわないか、少し不安になった。

読んでいただきありがとうございました。

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