白狼と猟犬 第五十話
手を上げている奥方の上着が僅かに持ち上がり、腰に付けていた杖の先が見えている。その木目の間に銃弾がまだ食い込んでいるのを見つけた。
今回はどうやら銃弾が残っているようだ。どこが撃ったか見当を付けることが出来るかもしれない。
前回のセシリアの狙撃についてははっきりさせられないが、私の勘は同じ者の犯行であると囁くのだ。
「奥方、杖の銃弾を見せていただけますか?」
杖を外して差し出してきたので、食い込んでいる銃弾を親指と人差し指で摘まんだ。しかし、しっかりと食い込んでいるようでなかなか取り外すことは出来なかった。
私が難儀しているのを見かねた奥方が杖をごんごんと装車体にぶつけると弾丸がポトリと落ち、二、三度跳ねて装甲車の下に入り込んでしまった。
車の下に手を突っ込んで拾い上げ、人差し指と親指で摘まむように持ち上げて光にかざして覗き込んだ。
手の中で光を返したそれは、真鍮の色合いが共和国製の弾丸よりもオレンジが強い。特有の色はセシリアが持ち出した銃弾と同じで、おそらく亜鉛含有率が三割ほどだ。
そして、共和国のものよりもやや角度の強い旋条痕や、共和国製の銃から放たれたものよりも目立たないスキッド痕からも分かるとおり、北公製の弾丸であるのは間違いない。
セシリアの件では北公軍上佐のムーバリが関与しており、そして今回は北公製の銃弾が使用された。どちらも北公が大きく絡んでいるということははっきりとした。
「ジューリア、行儀の悪いソイツはいったいどこのタマタマふぐりちゃんだ?」
「金属の色合い、旋条痕、スキッド痕から見てこれはおそらく北公の弾ですね。これだけでほぼ特定できます。セシリアの持ち出した弾と同じものですし、撃った後の弾の特徴もほぼ一致しています」
「スキッド痕がうちのより目立たないとはねぇ。パクリモンのくせに北公製の銃は命中精度が高いのか」
「今すぐに比較できるのは色合いだけですが」
ポケットから撃つ前の残り二発の弾丸を取り出して、人差し指と中指、中指と薬指で挟んで並べた。そして、光に当てるようにゆるりと傾けると、薬莢分の長さは異なるが、先端の弾丸は同じ輝きを照り返してきた。
「じゃ、あのちみっこか?」
「そんなわけありません。報告していませんでしたが、今彼女の銃は私が預かっているので」
「なんだよ、黙ってたのかよ。まぁいい。ちみっこの銃って確か北公製だったよな?」
「左様です。弾の大きさは同じですが炸薬の量から考えて共和国製の雷管式ではこの弾をおそらく正確に撃てません。それどころか、一発でオシャカですね」
奥方は無表情になり黙り込んだ。しばらくそのままでいると、鼻から息を吸い込み顎を少し上げ「……なるほどな。かち込むか? あそこは確か酒場の近くだったよな?」と言った。
どこへなどというのは言わなくても分かる。だが、そこにルーア共和国軍部省の現役長官である奥方が直接出向くのはよろしくない。
「奥方は待っていてください。立場を偽っているとは言え、トップが行くと後々問題に繋がりそうなので」
私がそう言うと、奥方は分かっているように小さく、そして素早く何度か頷いた。そして、「今日は基地にいる」とだけ言って装甲車に乗り込んだ。