勇者の働き方崩壊編 第六話
昔、確か高校生ぐらいのときだろうか。そのころはまだテレビが面白くて、話題の番組はすべて見ていないと学校で話についていけないほどのころだ。
その中の何の番組かは忘れてしまったが、スイスかどこかの大学で行われた実験で、何かの報酬として自分一人が1000円もらえるより、二人に500円ずつ渡した方がお互いの幸福度が高いという結果が出たと言うのを見たことがある。独占することよりも分け与えるほうがみんな幸せ、ということだ。
しかし、それも遠い記憶なのでその実験の方法も結果もどんなことを言っていたかもはや曖昧だ。そして、それでも独占したいのが人間だ。自分だけが報酬を貰えたとしても、それを平等に分け与えたとしても、どちらにせよ自分はお金を手にして幸福を味わえるわけだし、貰えるものは出来る限り多いほうがいいと考えるからだ。
さて、カトウへのいじめの話の裏で、お金のやり取りでのもめ事がひそかに起き始めていた。お金のことが話題に上ると、毎度チームメンバーほぼ全員が目の色を白黒と変え銭ゲバルトになるのだ。死ねば三途で六文銭、行った地獄も金次第。荼毘に付しても金が要る。仕方ないと言えばそうだ。
給料日のことだ。その日まで高難易度の依頼を数多く(主にククーシュカのおかげで)こなしてきた。例えシバサキが以前のように受け取った報酬をちょろまかしていたとしても、それなりにもらえてもいいはずだった。
給料の封筒を渡して回るシバサキはどこか動きがぎこちなく、すばやく押し付けるように渡してきた。まるで何か言われる隙を与えないかのようだ。
何かおかしいと思いつつ渡された封筒を見ると、薄っぺらく陽の光にかざすと透けて見える西日がまぶしい。封を切りひっくり返すとわずかばかりの貨幣が出てきた。驚くべきことにもらえた額はなんと以前のチームでの2割以下だったのだ。これはまた俺に対する理不尽な差別行為かと思い周りを見回すと、オージーとアンネリも封筒を開けるなり眉を寄せあれ? これだけ? と不満げな表情をしている。
以前の討伐以来、色々なことに味をしめたシバサキはその後も報酬額の高いものばかり選び、そして報酬の受領、管理はすべて彼が行っていた。宵越しの銭は持たなさそうな、粋なようでただ迷惑なだけの性格の彼は、毎回報酬を受け取るとワタベと一緒に夜の町にふらふらりと消えていく。依頼終了後の解放感と突然手にした大金のせいで、ちょっとくらい使っても何とかなるだろう、などと不届きなことを考え、多額の使途不明金をねん出し続けていたようだ。その結果、いよいよ経営状態が立ち行かなくなり、若手の手取りの額に影響を及ぼし始めたのだろう。
俺はレアに借金をしている。完済はしていないので毎月細々と返済している。レアは拠点のドアに紙を貼り付けるような取り立てはしないうえに利子も取らない。それに、これといった金のかかる趣味はなくこれまでの活動で貯蓄する余裕があったので、すかんぴんになってしまう焦りはない。
しかし、仕事の対価としてもらえるはずの額に満たない報酬でいよいよモチベーションを失いそうだ。この調子が続くならいずれは貯蓄を切り崩す未来も見えてきた。そして、何のためにここにいるのか忘れかけていた。女神に頼まれて勇者たちを唆す謎の存在を調べるためだ。女神は「わかったらこっちから連絡するからー」と言ったきり何も言ってこない。つまり、まだ何一つわかっていないということだ。
金の切れ目が縁の切れ目、だ。このチームとはそろそろ潮時ではないだろうか。勇者って何だっけ。
近々、女神に相談しに行こう。俺はしけて簡単に折れそうな封筒をそっとしまった。
給料を渡し終えると「全員にリーダーから報告がある」とシバサキは声をかけた。職業会館のラウンジのテーブルに集まった全員を上座から見回している。
「僕たちは正義のために多くの依頼をこなしてきた。しかし、世は乱れていてこなしてもこなしても数は増え、その反面報酬は少ない。これでは世界も救えないどころか、いずれ自分たちの生活も立ち行かなくなる」
誰のせいでそうなったと思っているのだろうか。俺は頬杖をついて口元押さえた。そして腕を組んで神妙な面持ちで語るシバサキを見つめた。というよりもほとんど睨み付けていた。
「そこで新しいシステムで依頼をこなしておこうと思う。これからは、依頼は個人でこなし、その収益を一度すべてチームに収めてもらう。個人と言っても二人でも三人でもやってもいい。そこは自由だ。僕はククーシュカとペアを組んで行こうと思う」
隣に座っていたクク―シュカが視界の隅で無表情に首をかしげている。おそらく、シバサキ本人が勝手に決めたのだろう。だが、そのことに関して彼女はきっと何も言わないだろう。事実上の稼ぎ頭とペアを組めばダニのように楽して稼げると彼が目論んでいるのがさっきの封筒のように透けて見える。
「そして、その報酬の額に比例した給料を支払うようにする。金銭の管理は一人では抜けや漏れが不安になるだろう。そこで年長者である僕とワタベさんの二人で管理をする」
一番信用のおけない二人組だ。報酬のすべてが麝香の町に溶けていきそうだ。
ワタベは目をつぶり、深く頷いている。プレゼンをする人のように自信にあふれたシバサキは話を続けた。
「しかし、残念なことに時代精神からかそれだけでは若い世代のモチベーションの維持が難しいので、得た報酬でランクづけをしてトップの者には特別報酬を追加しようと思う。繰り返すが活動時間は個人管理でいい。好きな時に好きなだけ依頼をこなしていい!ただ、それではチームとしての形がなくなってしまう。そこで週に一回以上指定した時間に集合し、その時はチーム全員で依頼をこなそうと思う」
言い切った後に、どやっとしたり顔を決めた。
一人でみんなの報酬を集め、身内でどんぶり勘定して、そのほかのメンバーには小銭を投げつける、ということか。もし、したたかな性格の持ち主ならば、自らその身内になるべく画策して、利益をかすめ取るように立ち回るだろう。しかし、情けないことに俺はそんな度胸も技術も持ち合わせていない。この場はただ黙って、この決定を受け止めることしかしないのだ。
「反対意見はでるわけは、ないよなぁ。こんな理想的な業務形態は聞いたことがない。よし! ではさっそく明日から施行だ! 解散!」
言いたいことだけ言って気が済むと人の意見を何一つ聞かないこの演説のような会議は、いつかのノルデンヴィズの広場横のカフェでの話し合いの時に似ている。その後俺は雪山に放り込まれた。カミュは俺を助けるべくその巻き添えを食らった。もしかしたら、これから誰かが死ぬほどきつい思いをする羽目になるのではないだろうか。そんなことが脳内をよぎった。
シバサキは話が終わると「ワタベさん、お待たせ。さっそく行きましょうか。お給料も出ましたし」と言った。それにワタベは「いやいや、君も好きだねぇ」と返事をして立ち上がり、笑い声を上げながらシバサキの後について職業会館から出て行った。悦びにまにまとほころんだ顔を見る限り、また麝香の匂いのするエリアに赴いてお楽しみになるつもりなのだろう。お前らは一体いくら懐に入れたんだ。
「なぁレア、これってさぁ」
ドアが閉まると俺は頬杖をついたままレアの方へ向いた。
「そうですね。イズミさんがこの間言ってた、フレックスタイム制ですね」
何かの書類に視線を落とし、さらさらとペンを走らせている。
「何も言わないの?たぶんヤバいと思うんだけど」
レアは書類から顔を上げ残念そうに微笑んだ。
「わかってると思いますが、言ったところで、ですよ。どうします?私はイズミさんと行動を共にしようかと思います」
そうだよなぁ、と伸びをした。
「自由なら俺たちでやろう」
あくび交じりに言うと、レアは書類をまとめ、それらを鞄にしまい始めた。
「そうですね。カミーユとオージーさん、アンネリさんにも声をかけましょう。たぶん同じこと考えるでしょうし」
レアとのやり取りをしている視界の隅でカトウが憔悴した顔つきでおろおろと周りを見回している。すがるように前に震えた右手を上げている。ククーシュカはいつものごとく、知らぬ間にいなくなっていた。席から立ち上がり、チームイズミに招集をかけようとしたときだ。
「……センパイ」
カトウが涙目になって俺の裾を掴んできた。
「一人無理ッス……。そっち混ぜてくださいッス……」
なんとなく、そうなるだろうとは思っていた。身体はデカいのにどことなく頼りなさのあるカトウを放っておくわけにはいかない。とりあえずチームイズミ全員に声をかけてから、君はどうするのか聞こうと思ったところだ。カトウの方へ体を向けて目をまっすぐに見つめた。
「じゃあ、カトウくん、約束。集合時間に遅刻したら置いてくからね」
はいッス、と小さい声で聞こえると、雨の中の迷子の少年のような彼の強張っていた顔は次第に笑顔になっていった。
それから、テーブルの一角にチームイズミとカトウを集め、これからの活動方針を話し合って解散になった。
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