白狼と猟犬 第四十二話
いきなり何をするのか。だが、混乱する猶予さえなかった。
仰向けに倒れていくセシリアに手を伸ばそうと振り向くと、彼女の毛先が僅かに散り宙を舞った。束ねれば青くもなるその髪の毛の一つ一つが白く輝き、その白く漂うような微かな光に混じり金色の線が通り抜けた。
そして、ぶれることなく真っ直ぐ引いた金色の線の先にある地面がパンと弾けると、土埃と石くれが舞った。
誰が何をどうしたのか、その理解が追いつくよりも素早く、膝が崩れていくセシリアを抱きかかえると同時に腰掛けていた石垣の裏側に飛び込み、彼女の頭を抱えるように押さえた。ムーバリも僅かに遅れて石垣に飛び込んできた。
「モンタン、貴様」
「何ですか? ジューリアさん、銃弾が飛んできた方向、あなたならわかりますね?」
「ナメんじゃないよ。聞きたいことはあるが後回しだな。撃ち返す。セシリア、銃を借りるよ」
何が起きたかをまだ理解できていないセシリアは驚き、黄色い目を大きく開いたまま硬直している。綺麗な髪の毛が何本か千切れたが、怪我はしていないようだ。持っていた銃を私が小さな掌から引くと、彼女は表情を変えないまま力なく銃を手放した。
すぐさま弾をこめて手鏡を出して飛んできた方を見ると、直線上の先にある建物の窓で何かが光った。
まだ何かがいる。石垣の隙間からすぐさま撃ち返したが、窓枠の上を囲う木材が弾けて煙を上げた。
やはり動揺していては精密な射撃は出来ないようだ。撃つと同時にすぐさま身を伏せて隠れた。
「あそこの石壁まで移動する。この石垣は三人には狭いし低い。石垣の陰から頭を出すなよ。はじけ飛ぶぞ。セシリア、ちょっとこすれるが我慢しておくれ」
セシリアを腹の下に無理矢理押し込み、石垣の陰を匍匐前進で進んだ。そして、三人が隠れられるほどの廃屋の壁まで移動した。
セシリアは壁にたどり着くや否や震えだし、瞳を輝かせて揺らし始めた。頭を撫でてやると、声を殺して泣き始めてしまった。
しかし、まだ安心できる状況ではない。安全地帯と言える共和国軍基地がある村の外まではそこそこに距離がある。石垣も石壁も、飛んできた方向に対して途切れ途切れだ。そこまでの移動中に再び狙撃されるかもしれない。
奥方から渡されていたキューディラで狙撃されたことを伝えると、装甲車が迎えに来るそうだ。
迎えを待つ間、緊迫した空気の中でセシリアの鼓動が聞こえそうなほどに静まりかえっていた。
彼女は私の腕の中で、緊張と恐怖のあまりまるで全身が心臓になっているかのように肩が脈を打っている。だが、賢い子どもで狙撃者に場所を悟られないようにしているのか、泣いてはいるが声を必死で抑えている。
私は健気なセシリアをさらに強く抱きしめ、額に顎を当てて目をつぶった。するとセシリアは腕を背中に回してしがみつき、顔を埋めてきた。
「モンタン、あんたガキが好きなのかい? おかげで助かったよ。だがなぁ、セシリアを守れたことには感謝するが、お前の反応早すぎやしないかい?」
大人二人が緊迫したままで黙り込んでいてはセシリアも辛いだろうと冗談交じりにモンタンに尋ねると、モンタンは壁に付けていた頭を起こして笑った。
「何が言いたいのですか?」
「お前がセシリアに足をかけるタイミングが早すぎるって言ってんだよ」
だが、モンタンは素知らぬ顔をして「知りませんよ。偶然ではないですか?」と答えると、再び石壁に頭を付けて目を閉じた。
和ませるつもりが帰って険悪になってしまい、おもわず舌打ちが漏れてしまった。嘘をつけ。コイツは間違いなく、何かが起こることを知っていた。