白狼と猟犬 第四十話
「……帝政ルーアの悔いるべき三度の先非“紅袂戦役”か。焚書された旧教育課程の教科書でしか知らんようなことを何をいまさら。旧帝政はルーアの血による世襲でようやく成り立ったというのに、権力欲しさに群がる無能でも王になれる王政にでも変えて国を潰す気かいね。メレデントがねじ込んだ共和制がまともにすら見えるよ」
「共和制になってから色々な事が解禁・緩和になり、それに伴い人の往来が増えたので、私は仕事がしやすいですよ。
ですが、そのときどきの政権によってもたらされる利益で生じる陰を享受して生きる私には、帝政も王政もどちらも悪だとは思えませんがね。
そういえば、この間、ギンスブルグ邸宅からマゼルソン邸宅までの末裔の車移動は嗅ぎつけられていたようです。幸いにもフェルタロスの血統であることはバレていないようでした。帝政を排し共和制を推し進め、その長にまでなった両家に皇帝一族の陰がちらついたことで足を掬おうと画策する連中もいました。
マゼルソン長官とアルゼン前長官の計らいで『セコンド・セントラル』紙を通じ各メディアへの口止めをしたので下火ではあります。二人にもフェルタロスの血は必要なのです。強硬派メディア『ルーア・デイリー』紙もメレデントの件で強くは出られないそうなので」
これは驚いた。モンタンは帝政思想の一端を担いでいるのではないのか。帝政系の思想なら利用して復権を狙うはずだ。いったいこの男は、いやマゼルソンは何を考えているのだ。
「おや、得体の知れない帝政新興派閥の帝政原理思想とかいうののクセに気が利くじゃないか。そのクセに共和制ではいったいどんな“利益を享受”しているんだか。
その粋な計らいに免じて、車移動の情報リークと末裔出現の噂、どちらが先に流れたのかについては尋ねないでおくよ。で、奥方はそれを知っているのかい?」
「先ほど報告させていただきました。ちなみに、私はノンポリですよ。帝政だろうが王政だろうが、もちろん共和制だろうが、私の知ったことではありませんので」
「マゼルソンの精兵のクセに何を言う。疑似ノンポリだろうに。だが、実にスパイらしくていいね。スパイが本音で政治思想を語っちゃ仕事にならないもんな。はっはっは」
セシリアは話に入りたそうにモンタンと私を交互に見ていた。だが、この子には少し難しい話だ。だが、ついにうずうずが抑えきれなくなったのか、セシリアは私が声を上げて笑っているのを見ると楽しそうに微笑みながら足に抱きついてきた。そして、黄色い瞳を輝かせて見上げてきた。
「ねぇねぇ、なんのおはなし? まぜてよ。二人はおともだちなの? もんたん、てだあれ?」
セシリアが私のズボンを揺らすようにしながら尋ねてきた。すると、ムーバリは屈んでセシリアの頭を撫でた。セシリアがその手を弾かずに、くすぐったそうに笑ったことに私はますます意表を突かれた。