白狼と猟犬 第三十九話
「あ、ムーバリおじさん! こんにちは! いつもと違う服着てる!」
「こんにちは、セシリア。元気そうだね」
ムーバリはセシリアに微笑みかけた。それよりも、人見知りがかなり激しいと聞いていたセシリアがムーバリに元気の良い挨拶をしたことに私は驚いてしまった。
確か、最初にあった酒場の集会にムーバリは参加していない。だとすれば、それ以外での接点がもたれているということだ。共同作戦であり獲得した情報の逐次報告共有というのはやはりまやかしで、どこも出し抜こうと意気込んでいるのだろうか。
セシリアがいるので、眉間に皺が寄ってしまいそうなのを堪えた。
「最近よく見る顔だね。モンタ……ムーバリだったか。何の用だい、上佐殿?」
「今日はマゼルソン長官からユリナ長官に伝令がありましてね」
「じゃ今はモンタンか。それで共和国の格好か。黄金についてかい?」
「いえ、他の連絡です。それについては『健闘を祈る』だけでしたね。近々行われる予定の市中警備隊と共和国軍グラントルア本司令部軍の合同実弾訓練の日程調整についての連絡です。より実践的な訓練らしく、両軍でそれぞれにくじを引いて紅白に別れて、出力をかなり落とした魔法射出式銃で撃ちあうそうですよ」
「出力ってのは下げられるだけじゃないんだぜ。日程調整如きだ。大至急、と言うわけでもなかろうにな。奥方が軍部省に戻られてから話せば良いものをわざわざこちらに来てまでとは、あっちじゃ話せないようなことでもあるのかい? それとも、市中警備隊はお宅のボス主導で共和国乗っ取りの予行演習かい?」
片眉を上げてモンタンを睨め付けた。するとモンタンは軽く口角を上げて笑い返してきた。
「それはないでしょう。マゼルソン長官は政治と法律の頂に君臨した現時点で、これ以上に何を求めるのでしょうか。実際はといえば、……どこから漏れたのかはわかりませんが、かの末裔出現の噂がかなり広まっていて広義の帝政思想関連で諸派閥の動きが活性化していましてね。表向きは訓練です」
「実力行使の牽制か。軍が匂わせるとは、その感じだと噂はだいぶ熱を帯びている様子だね」
「そうでしょうか。今のところ、諸派閥は蔓延したセクショナリズムでお互いを牽制し合っているので、過激な連中同士で揉めて鎮圧が必要にでもならなければ軍の出番はないですよ。
訓練も本来は西方司令部軍との合同予定でしたが、噴火災害復旧のため延期になったと言う名目で急遽本司令部首都広域軍に入れ替わっています。目的は牽制よりも市中警備隊、本司令部の内部の洗い出しでしょう。
ですが、西部はメレデントのお膝元。放っておくワケにもいきませんから、復旧支援の名目で、プロメサ系共和主義的思想が未だに根強いと言われる北方司令部から旅団規模の人員が西部に派遣されました。大規模噴火で元貴族の様々な主義者たちも抑えられている様子なので、本丸の洗濯を大々的に行う裏で、西部の押さえ込みにくさびを打ち込むつもりでしょうね」
「人間様との和平交渉のツラをしてる割りにまた気まずくなってきた今、国境を抱える北部を甘くして良いのかい? それに、西方司令部も旅団規模でどうにかなるのかい?」
「北部防衛において、仮に対人有事が発生しても数の上では問題ありません。それ以前に、今あなたと話している私はいったい何者ですか? そういえば、西部と言えばこんな話を聞きましたね。北部の兵士たちが数名災害救助の際に行方不明になっているそうですよ。それほどまでに被害は甚大なのですかね」
ムーバリは口角を上げたまま、遠くを見た。聞いていた話では、西部の住人の避難は出来ていたはずだが。
――なるほど、そういうことか。私は何も言わずにムーバリを見つめて黙った。
「いずれにせよ、その噂とセクショナリズムの中心にいるのはアニエス女史ということか。イズミ殿もどうしてなかなか。遙か遠方から知らずに連れてきたのが、ただの田舎娘ではないというのがさすがというか」
「彼は各省長官にも顔が利く。そして、フェルタロスの血もまた紅いのです。それがややこしいのですよ」