白狼と猟犬 第三十八話
だが、雇われてからはウィンストンをまたブン殴りたくはなったね。
森林官なんざ他の仕事のついでだったのさ。庭いじりどころか女中まがいの給仕係までやらされた。料理なんざしたことがない。出来てサンドウィッチだ。(ウィンストンの方が料理がうまいことが気に入らなかった。その結果はいつも通りだ)。
フリルの付いたロングスカートなんざ履いたのは小劇団以来だったよ。
だが、まぁ給仕係とは言いつつもいいことはあった。
女中の制服であるフリルのスカートの下にはお砂糖とスパイスが詰まってるんじゃなく、たくさんの秘密で真っ暗だったのさ。レッグホルスターの小型魔法射出式銃と裏地を埋め尽くすほどのガンビットナイフを隠すにはもってこいの場所だった。
聞けばそこにいた給仕の女どもの経歴はみんな穏やかではないらしい。元の経歴は軽く聞いただけで、軍特殊部隊の通称“白服機関”の追放者、魔石闇カルテル元締めの護衛やプロメサニークよりタチの悪い一部のプロメサ系共和主義テロリストなど、現場で指揮官を半殺しにして追い出された私など大したことが無いような粒揃いだった。どいつもこいつも、口八丁手八丁にウィンストンに口説かれたのだろう。
要するに、森林官だの女中だのは表面だけで、その実体は代々築き上げられてきたギンスブルグの私兵団だったのさ。
みんなスネに限らずどこかしらに傷が(見た目においても)あり、お互いに詮索はしないから嫉妬もしない。私にとってなんともいやすい環境だった。
誰もが規律正しく言葉遣いも丁寧で物腰穏やかだが、格闘では私が負かしてきた男どもよりは遙かに強かった。
私は射撃の教育を任された。その場では誰もが私に敬意を払い、そして指示に従うのは素晴らしかった。
これまでは持っていただけだったスカートの下の拳銃を、全員が片目をつぶっていても的に百発撃って百発命中させられるまでに教え込んだ。
銃の扱い以外に関しては教えを請う立場で、たくさんの苦労もあったが身につければ大したことはなかった。だが、言葉遣いと仕草と料理は未だに他に注意されるほどに苦労した。
森林官(仮)になって真っ先に驚いた点があるとすれば、シローク坊ちゃまが容赦なくスカート捲りをしていたことだ。スカートには色々装備が付いていて重たいもんだから、それでも捲れるように思い切りしていたんだ。
坊ちゃまの認識では女中とはそのような存在で、スカート捲りをすれば何かしらの武器が見えるのが当たり前だと思っていたらしい。丈の長いメイド服のスカートに隠されたドロワーズよりも、小型に改良された拳銃と抜き身だが器用に仕舞われたナイフが見たいという坊ちゃまには、さすがギンスブルグ家の御曹司だと関心もした。
だが、坊ちゃまは他の女中たちにはしまくっていたスカート捲りを、なぜか分からないが私にだけはしてこなかったね。
「――ていうのが私だよ。イズミ殿はああ言ってくれるが、私はとんでもない親不孝モンさ」
セシリアは私の話をじっと聞いていた。その黄色い瞳は逸らされることなく、エルフの放蕩娘の悪行を思い浮かべているのだろうか。
「パパもママも大事にしなさい。私みたいになっちゃダメだよ」
セシリアに銃の扱いを教えているときに、彼女は私のことを聞いてきた。ババァの昔話などではなく、どんな食べ物が好きとかを聞きたかったかもしれない。なぜ話したのか分からないが、瞳を動かさずに一生懸命聞いてくれるので、つい洗いざらい話してしまった。
頭を撫でてやると、目を細めてにっこり笑い黄色い大きな瞳を隠した。
「これはこれは。民間の先史遺構調査財団の調査員の方ではありませんか? 調子はいかがですか?」
横から男の声がしたので、手をセシリアの頭に置いたままそちらへ振り向いた。厄介なヤツが私とセシリアを見ていた。今日はイングマールの軍服ではなく、共和国の軍服を着ている。
セシリアもそちらに振り向いた。するとみるみる笑顔になっていった。
「チッ……。白々しいヤツだな」
「あなた方は民間団体のハズですが、よろしいのですか? 何から何までその子に本当の素性を話してしまって」