白狼と猟犬 第三十六話
「ハナから私を雇うつもりだったのか。食い扶持がないより遙かにマシだから文句はないね。よろしく頼むぜ、執事サンよ」
それに、そうだな、とは言わずにウィンストンは笑うだけだった。
なんとも怪しい雇用形態だとも思ったが、これまでいた劇団でも店でも、まともに書類にサインをした記憶がない。したのは軍隊くらいなもんだった。
「ところで、聞いておきたいことがある。正確に撃てるようになったのは、君なら当たり前というかもしれないが、実に素晴らしい。そこでだ。試される場という実戦とは異なるが緊張感のある状態で使ってみてどうかね?」
ウィンストンは笑うのを止めると尋ねてきた。
緊張感、その単語にふと私は橋での攻防を思い出した。あのとき、産毛ふわふわの掌をふるふる震わせていた貴族のお坊ちゃんたちの精神状態はどうだっただろうか。
彼らが抱いていた恐れは、前線にかり出された恐怖はもとより、その手の中に持つ銃で的を撃ち、その結果、当たるかどうかにも恐れを抱いていた。
相手は人間といえども、二足歩行で歩き、言葉を交わし、文明を持ち、家庭を持っている。それに私たちエルフと見た目は差して変わらない。
お坊ちゃんたちは、言語を話し理性を持つ者を撃ち殺すという覚悟をどう考えても出来ていなかった。それでも銃を握ることが出来たのは、フリントロック式銃は狙いが正確ではないからだ。
「正確に撃てるのは素晴らしいね。私が当てられたのは、フリントロック式の癖を治したから撃てた。しかし、それが本当に治ったのか、新たな癖が付いたのかはわからない。だが、真っ直ぐ撃とうとして的に当てることが出来たんだから、精度は上がってるはずだよ」
「なるほど、では、これで性能評価試験は終わりで良いな」
ウィンストンは目をつぶり二、三度深く頷いて、女中を呼び寄せて片付けるように指示を出した。
「約束通り、名前は君が決めたまえ。さて、君はこのオペラにどのような題名を授ける?」
「今は何も考えちゃいないね」
「銃の素晴らしさと君の付けた名が後世末永く残る。ふざけずにゆっくり考えるといい」
「ああ、素晴らしい銃だ。だが、名前はまだ付けられない。全く問題は無い。銃には、な」
ウィンストンは私の言葉を聞くと、右手で箱の蓋を押さえて女中の片付けようとする動きを止めて見つめてきた。
「……何かあるようだな」
「今さらだが、戦場で兵士が抱くとある心理状態を忘れてた。こいつはステキだが、使うヤツらの方に問題が出てきそうだな」
「ほう、珍しい。君にしては難しい言葉を使うな。どんな問題があるというのだね?」
私は台の上にまだ置かれていた魔法射出式銃を持ち上げた。
そして、一つしかない焦げ痕の付いた人型の的の方へと銃身を向けて引き金を握り、焦げ痕を狙い撃ちした。すでに七発撃ち込まれていた的はついに穴が開き、訓練場の土の上に倒れていった。
「精度が高すぎるんだよ」