白狼と猟犬 第二十九話
五分もするとスプリンクラーも止まり、たくし上げた上着で顔を拭いていると、待避所からウィンストンと女中が出てきた。ウィンストンはワッハッハと軽く笑っていたが、隣で女中は渋い顔をしていた。
先の戦争で私は魔法を遠くから見ていた。だが、あのときは花火程度にしか見えなかった。間近で見るとここまでの威力なのか、と改めて思った。
だが、私はまずウィンストンに怒鳴ることしか頭になかった。
「ふざけんなよ、この脳筋が! 車ん中でクソくだらねぇバラの話なんかしてないで、こいつの性能キチンと伝えろや! 殺す気か!」
「いやはや、すまんすまん」
ウィンストンが謝ると、隣にいた女中がタオルを渡してきた。
「威力は申し分ないな。とにかく撃ってみてどうかね? これまでの銃との違いもしかり」
受け取り顔を拭いていると、ウィンストンが尋ねてきた。
安全圏で私が吹っ飛ぶのを見てお楽しみになった後に、呑気に使用感をお尋ねとは不愉快な。拭き終わったタオルをくしゃくしゃに丸めて顔に投げつけてやった。
「威力が強すぎる」
「何が不満なのかね。兵器は威力! 人間の魔法も似たようなものではないか」
こいつはまだしもこの銃を作れと言ってきたヤツらは、威力と精度をごっちゃにして考えていることに私はすぐに気がついた。
「馬鹿野郎、適材適所だ。これは一般兵に持たせるには向かない。混戦になったときに味方ごと吹っ飛ばす気かよ。下手すりゃ自分も消し飛ぶぞ。あっちの魔法使いもパワー調整してただろ。それに狙撃銃にも向かない。的どころかその辺一帯を吹き飛ばしちまう。的に当たったのかどうかが判別できない。例えばだが、人質を取られた場合に犯人だけでなく人質まで吹き飛ばしちまう」
ウィンストンは女中の方を振り向く指を鳴らした。すると、女中はボードにメモ用紙を固定させてペンを動かし始めた。
「今んとこ戦時だし、こういう兵器として使うなら構わないんだが、そういうまんまなら狙撃の腕を買われてここにいる私は来た意味がないね。首都郊外の軍の広い施設で好き放題に撃って穴だらけにすればいいさ」
メモを取る女中が書き込めているのか、彼女の発するさらさらカリカリという音が止まるまで間を開けて話を続けた。
「私を無職に戻すか、世に出す時に出力を現在の一割以下にするかにしろ。あー、いんや、テスト機の出力も一割以下にしろ。世に出す前にテストにすらなんねーからな」
「なるほど、それから?」
「撃つタイミングがズレた。使いづらい。フリントロック式だと思って使うヤツが私みたいな失敗を繰り返すぞ」
「ほう、だがそれはどうしようもないな。火薬の燃焼速度と魔力臨界点到達までの速度には差がある。魔石の量が多ければ魔力臨界量に到達するまでは早くなるが、少ないと火薬の方が僅かに早くなるらしい。根本のシステムから見直すことになるので、さすがに無理だ。まさかそれに順応できない君でもあるまいし、これからの銃に触ったことのない新兵たちには問題なかろう」
「それも最初からわかってんなら先に言え、バラ農家! あんたは伝えてないことが多すぎんだよ。研究者ってのは後出しジャンケンしかできねーのか」
ウィンストンは机の端に置いてあった書類束に手を伸ばした。
「君が言いたいことはあい分かった。だが、また聞いていないと怒り出しそうなことだが、民書官をはじめ政府や軍部の中枢からは多少威力があったほうがいいと依頼があるのだ」
そして、それを持ち上げて、最初の数ページをめくりながら言った。
「しかし、些かやり過ぎかな? 多少というのをどこまで取るか具体的ではない。それで現場と上層部の意見が食い違うのはよくある話だ」
「何が“些か”だよ。何度も言ってんだろ。作るなら別でそういう風に勝手に作れ。威力があるモンのテストに来たんじゃないと何度言えば」




