白狼と猟犬 第二十四話
それから何時間か、何分か、それはわからないが、馬車に乗ってから長い時間が過ぎた。
馬車をスムーズに導く轍迹は無くなり、やがて舗装もなくなり、道は土になった。馬車は小刻みな揺れを繰り返し、たまに石を弾いているような大きな振動を伝えてくる。そのせいで尻が痛い。
郊外にはしばしば軍の訓練のためにそこに位置する訓練施設へ訪れていたが、広い施設の外に出ることはほとんど無く、周りを見回したことはなかった。改めて見ると、首都の郊外は何もない。あるのは畑とその中にこんもりと残された森だけだ。それはまるで故郷の風景を彷彿とさせた。
やはり私は田舎に捕らわれているのだ、と少しおぞましくもなったが、首都の人集りと軍の喧噪から離れると何年かぶりに心が落ち着くような気もした。
首都からも見えていた山の手にさしかかると坂道になり、馬車は一層激しく振動し始め、速度も遅くなった。
それからも重く永く坂を上る馬車に揺すられ続けて、太陽が南中を過ぎて傾き始めていた頃、やっとギンスブルグの邸宅が見え始めたのだ。斜面がなだらかになったところに忽然と現れる、広がる田園風景とは不釣り合いの白亜の豪邸だった。
門が開けられて馬車が敷地内に入ると、庭で木を切っていたメイドたちは手を止めて一斉にこちらを振り向いた。そこにいる彼女たちはみな穏やかな表情をしていたが、私が乗る馬車を見るときは視線を動かさず、姿勢を正したまま微動だにせずひたすらに見つめてきていた。
馬車から降ろされ家の応接間に通されると、当主ツァリーク・ギンスブルグとの面接があった。
その面接中、女中が周りにいた。部屋の四隅と背後の二人は特に殺気立ち、彼女たちは微動だにすることはなかった。唯一動きのあった女中、お茶を運んできた女中のロングスカートの揺れ方は、足の動きから微妙にズレていて、遅れる動きは不自然なまでに重たそうにも見えた。
変なもんだ、とスカートをまじまじと見ていると背後の二人の気配が強くなった。おそらく重たい何かがあるスカートについて触れると何かが起きそうなので何も言わなかった。そのせいで採用試験を落とされても困る。
十五分ほどの簡単な面接の後に移動になった。ウィンストンに付いてくるように指示をされて、数人の女中たちと移動を始めた。
練習場までの移動の最中、ウィンストンは今後の説明をしてきた。
性能評価試験と採用試験を兼ねているが、最新式の銃であり練習無しでいきなり試験をするのは不可能だろうと言うことで、特別に射撃練習をする許可が下りたそうだ。
練習はここで行うように言われた。試験までの生活費は出して貰えるそうだ。しかし、こんな弩田舎までどうやって毎日通うのかと尋ねると、小屋を貸して貰えることになった。本宅ではなく、森の中にある放ったらかしになっている小さな空き家を貸してくれるそうだ。
小道を抜けながら歩いているが、敷地内とは思えないほど広く、ただの大きな森にしか見えなかった。森林官ということはこの広大な土地を管理しなければいけないのだろう。もしかすると私はウィンストンに焚きつけられて途轍もなく面倒な仕事を受けてしまったかもしれないと思った。