白狼と猟犬 第二十三話
「産業主義者ってのは自分だけが儲からないと気に食わない連中の寄せ集めなのかい。銃を作った者が悪か、売った者が悪か。どちらも違うな。引き金を握った者がその責任を負うべきだね。
百人撃ち殺しておきながら、悪いのは銃を作った奴と売った奴だとか言う輩がいるのかい? なら、そいつが殺してきた者の家族全員に銃を持たせて、“作った奴と売った奴が悪いんだから家族の仇でこいつを撃っても悪くない、これは復讐ではない、社会のためだ”って信じ込ませた後に、そいつを家族の前で顔に麻袋を被せて跪かせればいい。すると今度は“許しこそ寛大だ。理性こそ文明”とか言い始めるぞ。滑稽だな、はぁっはっは!」
ウィンストンはしばらく黙ったまま、笑う私を見つめてきた。
「真に正しき主張は存在しないが、腕に裏打ちされた自信と信念。それこそが敵への最大の敬意。敬意の形もまた無限大。実に君らしいな」
「ありがとよ。それから残念だが、私は政治に興味は無いよ。話すなら他の話にしてくれ。女性に話をするんだ。お花の話の一つでも出来ないのかい? それじゃあモテないよ」
「むぅ……、ならば、私は大学で植物学を専攻していて、青いバラの品種で“ルーアス・デフェンドル”を生み出す研究をしていた。紅の対をなす紺碧で高芯剣弁の花びらは国を守る剣のようで……」
「バラも興味ねぇから」
そう言うと、ウィンストンは再び黙った。だが、そのときは難しい顔をしていた。奴の頭の中は政治だの思想だのとお堅い話題しかないのだろう。硬いのは自慢の筋肉だけにしろ。
私の生まれは貧しくはない平民で、人間という脅威がいる限り存在する軍に所属してきた。おそらく、採用試験に落ちても、仕事も真面目に探していればすぐに見つかる。そのような生き方をしてきた私がこれからも生きていくためには、帝政、王政、共和制、ルアニサム、アリストクラテツキーもプロメサニーク、関心を持つまでもないほどに関係がない。
国は停滞しているのかもしれないが、どれに変わろうと、おそらく私の暮らしは変わらない。
私はたまたま食いあぶれたことのない幸せ者なだけで、実は知らないだけでこの国にはもしかしたら貧困が溢れてでもいるのだろうか。
馬車の窓から覗くグラントルアの町並みはとても綺麗だ。馬車道は広く、よく舗装されている。まるで馬車では広すぎるのではないかと思うほどだ。
議事堂、オペラ座、豪華なレストラン。
道行く人はみな色とりどりの服装だ。男は高そうなルダン・ゴト、フロックコート、ボーラーハットにベスト。女は流行の色のドレス。そのレースの襟が大きかったり、袖山が飛び出したりしている。頭の上には花束でも乗っているかのような帽子だ。
首都のさらに中心部だからか皆身なりはとても上品で貧困など全く感じさせない。
政治の話を切り上げた後、ウィンストンは何も言わなくなった。私も無理に話を持ちかけるのも面倒だったので、馬車の外に視線をやった。
いつの間にか、首都の中心部を抜けていた。
それからも沈黙の中で馬車は進み、かつて所属していた小劇場や飲食店のある通りを抜け、さらに進むと街並みはあっという間に一昔のものに様変わりした。やがて廃屋も増え始めた。
――ふと、そこで息を潜める者たちと私は目が合った。
すり切れたハンチング、裾のほつれた上着、靴は今にも底が抜けそうだ。女は泣きじゃくる子どもをあやしながら、汚れた川で洗濯をしている。誰も彼も、みな疲れ切った表情をして、焦げて黒ずんだペール缶の中に枝を放り込んでいる。
私は無知で、そして幸せ者なのだな。
放り込まれた枝で火の粉が散るのを私は見た後、前を向き目を閉じた。




