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弓兵さんはバズりたい 第六話

「なんなんですか? 本当に。また来たんですか?」

「お前がひばりだってオレは信じてるから!」

「お前でもないし、ひばりでもないです!私は、ア・ル・エッ・ト、です!カトウさんの元カノなんか知りません! だいたいなんですか?見ず知らずの人にいきなりお前はオレの元カノだ、とか。失礼だと思いませんか!? ねぇイズミさん!?」

「確かにそれはそうだけど……」


 俺に話を振るなよ、と苦々しく笑った。

 この間からカトウは足しげくこのウミツバメ亭に通い詰めているようだ。お互いの名前も知りあう程度には話をしているようだ。カトウは異世界にいきなり一人で放り出されて、身寄りもなくて寂しかったに違いない。

 俺も来た当時は拗ねていた。もし、カトウとひばりとの関係性とは異なるが、なぎさに似ている人がいたら必死になってでも会おうとしただろう。俺がこちらに来て何年だろうか。その間にたくさんの人に出会った。来て日が浅いカトウはまだこの世界とのつながりが薄いのだろう。


 まめに会おうとするカトウの努力のおかげがどうかは知らないが、この二人はすっかり仲良く(?)なれたようだ。


「ご注文はぁ?」


 怒り気味でアルエットは聞いてきた。俺はとりあえずコーヒーを頼んだ。


「グラタン!」


 カトウも張り合うようにやや語気を強めながら注文をした。アルエットはさらさら文字を書きながら悪態をついた。


「毎日グラタンとかきもーい。フン! 他のも食べなさいよ! バランス悪い!」


 ぷりぷり怒りながらもしっかり注文を取って厨房へ戻っていくアルエット。

この場合はうまくやっているというのだろうか。カトウはこの間のように腕を掴んだりはしていないようだ。


「カトウくん、その後どう? 何かわかった? ここに毎日来てるみたいだけど」

「何にもわからないッス。でも絶対ひばりだと思うッス。姿かたちはどうみてもひばりなんス……。性格はちょっときついけど、ほんの少しぐらいしか違わないッス」


 客足も少ない時間帯だからか、注文したものはすぐに出てきた。もちろん持ってきたのはアルエットだが、コーヒーとグラタンを置いて、性格きつくてわるかったわね、と舌を出したかと思うと険しい顔をしながら厨房にさっさと戻ってしまった。


「とりあえず食べよ。冷めちゃうし」


 カトウはスプーンを取り、やや水っぽいグラタンに刺すと首をかしげた。その躊躇の後、口に運んだが噛む動きが次第にゆっくりになり、仕舞いには止まってしまった。


「……なんか今日のグラタン、不味いッス」


 カトウはスプーンを置いてしまった。


「ホント? 一口貰ってもいい?」


 俺はスプーンでグラタンを小さく掬い、ポタリと垂れそうなそれをすばやく一口貰った。牛乳の味がする。ウミツバメ亭ではパスタ以外を頼んだことはないので、彼の言う、ここの本来のグラタンの味を知らない。ただ、確かにその時食べたグラタンは塩っ気が足りない気がする。それに水っぽい。俺の表情を見たカトウは


「塩味が薄くないッスか?」


と覗き込むように言った。


「確かに、そうかも」


 カトウは背筋を伸ばし、店内をきょろきょろ見回すと「すいませーん」と給仕を呼んだ。

店内は空いるので給仕の人は少ない。となると必然的にアルエットが来ることになる。

しばらくして予想通りアルエットが来た。


「なんですか? 私はひばりじゃないですよ?」

「このグラタン、おいしくない」


 オブラートのない伝え方をしている。いくら相手がアルエットだからと言ってそれは直接的すぎないだろうか。それを聞いたアルエットは予想だにしないことを言われたのか、驚きの表情を見せ動きが止まったが、みるみる毛を逆立てていく。


「なっ!? 今シェフが外してるから、私が作ったんですけど!? 何が気に入らないんですか!?」


 カトウの言葉によほど腹が立ったのだろう。顔も真っ赤になってきた。

 それにも関わらず、カトウは落ち着いている。


「本当においしくない。そうッスよね? イズミ先輩?」

「ぅえっ!? いや、まぁ、あんまり……かな?」


 この二人は俺に同意を得ないと気が済まないのか。ただ、お世辞にもおいしくないのは明らかで誤魔化し誤魔化し伝えた。俺は否定的なことを言わないと思ったのだろうか。アルエットはますます怒りだしてしまった。前かがみになり机をバンと叩いた。


「何なんですか! 本当いい加減にしてください! なんならあなたたちで作ってみればいいじゃないですか!」


 カトウが立ち上がった。そして、アルエットの目の前に立ちはだかった。

 体の大きいカトウは小さめのアルエットには山のように大きく見えたのだろう。おびえるような顔をしてお盆を強く抱きしめながら少し後ずさりした。カトウは腰に手を当てアルエットを見つめている。その顔は普段からは考えられないほどにきりりとしていた。


「いいぜ。受けて立つぜ。先輩、ちょっと行ってきていいッスか?」

「俺は構わないけど……、アルエットさん、大丈夫?」


 自分を奮い立たせたのか、小さく左右に首を振るとカトウと俺を交互に睨み、声を上げた。


「今はシェフもオーナーもいませんから、私が監視しています!それでもいいならご自由に!フン!」

「おっけーッス。じゃ厨房失礼しまーす」


 カトウは右手で小さくガッツポーズをした。どうやらやる気満々の様子だ。カトウは自己紹介で料理は得意だとか言っていたから、自信はあるのだろう。でも、相手は商売をしているプロだ。自分と味覚の近い家族がおいしく食べられればいいものではなくて、誰が食べてもおいしいと感じるものを作るのは非常に難しい。人に食べさせられるレベルのものをカトウが作れるのだろうか。俺も不安なので、厨房までついていくことにした。



 三人で連れ立って厨房に入るとカトウは嬉しそうにボウルやら包丁やら色々なものを触り始めた。アルエットはそれが気に入らないのか、顔をしかめた。


「あんまりべたべた触らないでください!」

「うはー、厨房デッカいッスねー。先輩、ちょろっと作るんで待っててくださいッス。あ、この白ワインに漬かってる鶏肉使っていい?」


 カトウは手を洗った後、てきぱきと準備を進め、食材と道具の場所を確認すると、小さく、よし、と言って調理を始めた。

 見事な包丁さばき。鶏肉を薄く削ぐように切って、パプリカ、玉ねぎ、次々と目にもとまらぬ速さで切っていく。そして、出たごみはさらりと片づけながら料理を進めていく。腕を組んでその姿を見ていたアルエットはみるみる青ざめていく。玉ねぎの匂いが目に沁みた、わけではなさそうだ。

ものの十五分ほどだろうか、後は具材を入れてオーブンで焼くだけだろうか。耐熱皿にバターを塗っている。


「ひば……アルエットー」

「はいっ!?」


 突然呼ばれたアルエットは飛び上がり裏声で返事をすると、小走りでカトウのそばへ行った。


「オーブンの温度調節がわかんないんだけど……」

「よ、呼び捨てすんなし……、よ、予熱はここで、このバーを上げると温度が……」


 オーブンに火を点けて予熱しているようだ。アルエットはカトウのそばを離れず、調理の様子を覗き込んでいる。オーブンに耐熱皿が入り、焼いているときアルエットはそわそわと落ち着きがなかったが、ほくほくと厨房に立ち込めるいい匂いがして出来上がるころにはなぜか小さくなっていた。


 カトウが、うっし、と言ってオーブンを開けると、熱気とともにグラタンが出てきた。すると焦げたチーズの香りが強くなり思わず深呼吸をしてしまった。グラタンを覗き込むと黄色の表面はぷくぷくと泡を立て、焦げはオレンジ色から茶色をしている。しばらくすると湯気は収まった。それを見たアルエットは目を大きく開いて、口をあんぐりと開けている。気のせいか喉が動いたような気がした。


「で、でも見た目は良くても味はわかりませんから!」

「先輩、どッスか? ひ、アルエットも」


 焦げ目の付いた表面を押すとさっくりとした感触が金属を伝わり手に届く。そして、スプーンはなめらかに中に飲み込まれていった。湯気が銀のスプーンを曇らせる。鶏肉が乗ったそれを口に運ぶと、適度な塩味と柔らかい牛乳が小麦粉でクリーミーになり舌を包み込む。


 これ、おいしい。売れる!


 普段のガサツな姿からは想像もできないほど、繊細な味だ。


「味噌とかあれば隠し味にできたんッスけどね」


 俺の横でアルエットが焦りながらそれを口に運んだ。


「……っく……ぉぃしい、です」


 それを見たカトウは得意げな顔になっている。


「アルエット? 何してんのー? お客さん何組か来てるよ。急いでー」


 三人でおいしい、おいしいと耐熱皿を平らげていると、もう一人の給仕の女の子が注文を取り、厨房に入ってきた。


「はい! 今いきます!」


 本来のこの時間はお客がいない時間帯だ。だから二人で回していたのだろう。

 しかし、急な混雑が起きたようだ。カトウのグラタンの匂いに引きつられたのだろうか。


 金属の作業台に注文用紙を置いていくと、まだ増えるからねーと再びホールへ出て行ってしまった。これからも来ると言うのにすでに八枚はあり、しかも一件一件の注文内容も多いようだ。それを見たアルエットは焦りだした。


「どうしよう……捌ききれない」

「アルエットさん、どうかしたの?」


 アルエットは注文用紙を手に持ちながら青い顔をしている。


「こんなにたくさん一度に作れない。シェフもいないし、うまく作れない」


 カトウがアルエットの持つ注文用紙を覗き込み、内容を見ている。


「オレが手伝うよ。簡単そうなのばかりだし。先輩、いいッスか? 今日も解散早かったし暇ッスからね」


 アルエットはがばっと注文用紙を隠すようにカトウを避け、睨み付けている。


「け、結構です! 私一人で何とかします!」

「そんなこと言って、手が震えてるじゃん。オレもやるって。大丈夫」


 そういうとカトウはアルエットの肩に手を乗せた。


「触らないで! 私はひばりじゃない! でも、お、お願いします、、」


 アルエットはカトウに小さくお辞儀をした。


「じゃ俺はホール手伝うかな」


 一人暮らしの時にアパートに包丁も置かなかったような人間はさっさと厨房から出たほうがいい。そう思い、ホールにいるもう一人の給仕の栗色ショートヘアーの女の子を手伝った。カトウのおかげで料理はすべて捌くことが出来たようだ。好評だったようで、アルエットはお客さんから褒められていた。しかし、なぜかすいません、すいません、と真っ赤な顔をして平謝りしていた。



 陽も落ちてしばらくして、夕暮れ時の店も落ち着くと「先輩、オレ最後までいるッスよ」と言って俺に先に帰るように促した。せっかくなので、晩ご飯をそこで食べて行こうと思い、カトウにパスタを注文した。そして、出てきたパスタはどこよりもおいしかった。

 遅刻すんなよ、とカトウに伝えて俺はウミツバメ亭を後にした。

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