白狼と猟犬 第二十二話
笑う私から視線を外すとウィンストンは腕を組んだ。そして、そのまま窓の外を見た。
視線の先には、三階建てのモダンな建物の屋根越しに黒く長く天に向かい伸びきった工場の煙突がいくつも整然と並んでいた。近くの建物は馬車が進むにつれて素早く後ろへと流れていき、遠くの煙突はまるで動いていないかのように止まっている。
流動的な街並みと対照的な煙突はどれも黒々と立ちはだかり天を突くだけで煙を上げている様子は無い。それは私がグラントルアに来てから変わらない光景だった。
「この国は資本に重きが置かれ始めても今尚帝政。永すぎる安定のせいで腐った貴族主義が蔓延していて、進歩がまるで見られない。ルアニサム・アリストクラテツキーは停滞の原因でしかない。国には横ばいという状態は存在せず、常に如何なる形であっても発展しなければいずれ滅ぶ。
どれほど強固な岩石であっても、新しい風が吹けば風化していく。目には見えずともそれは必ず起きている。国家は国家としてまとまるべきではあるが、一枚岩ではいけないのだ。帝政は力のあるルーア皇帝によりまとまってはいる。しかし、それを取り巻く者たちが石になっているではないか。皇帝という軸を残したままその石を砕くために、いっそ王政に変えてしまっていいのではないか。それとも人民のために共和制かな?」
ウィンストンはそう尋ねてきたあと、何か試すかのように視線だけを私に向けた。だが、私はそれについて何も言うつもりはない。
「今のは聞かなかったことにするよ、産業主義者。お宅は、ギンスブルグ家とヴルムタール家といえばプロメサ系貴族で有名じゃないか。それとも何だ、アンタ個人は最近流行の過激なだけの共和主義者なのかい?」
そう尋ね返すと眉をしかめた。軽く咳払いをすると再び話し始めた。
「私だけが共和主義者かどうかはさておいて、ギンスブルグ家は確かにプロメサニークだな。銃が売れないというのは実に困る。私の給料もそこから出るのだから。
だが、君のおかげで銃は見直されて配備がこれまで以上に増えた。貴族のお坊ちゃんたちがふくふくとした肉付きが良く白い産毛だらけの手で雑に扱う度に壊してきた分に加えて、さらに銃の扱いが軍人として必須になりつつあり受注も増えている。
我々ギンスブルグ家はプロメサニークと言われながらも、軍の銃歩兵科の増強に大きく加担している。おかげでプロメサニークからは資本の暗黒面と蔑まれている。貴族主義者のために産業を回し商売を行ったのだからな。
しかし、それは果たして悪かね? 世はまだルアニサム・アリストクラテツキー。国にすり寄っている方が些かやりやすい。それが気に入らないプロメサニークの中には、ギンスブルグ家やヴルムタール家を責める者がいる。お前たちは死を売り物にしている、と」