白狼と猟犬 第二十一話
するとまもなく立ち話をしていた道路脇に馬車が止まった。引いている二頭は佐目毛だが、客車は対照的に真っ黒で光り、紋章はついておらず、お世辞にも堅気とは言えない雰囲気だった。誘拐でもされるのかと思ったが、ウィンストンがおもむろにそれに近づくと黒塗りのドアを開け乗りたまえと中へと導いてきた。
受けるとも受けないとも何も回答をしていないがウィンストンは私が試験を受けることを察したようで、何かの合図で待機していたのを呼び寄せたのだろう。
私が乗り込むと、ウィンストンは左右を警戒するように見回した後に乗り込みドアをすぐに閉め鍵までかけた。そして、御者台につながる壁を二回ほど叩くと馬車は走り出した。早速ギンスブルグ家まで移動するようだ。
向かいに腰掛けるウィンストンは表情を変えていないが、どこか眉が上がっているような気がして上機嫌に見えた。それが私のことなどわかりきっているかのようで気持ち悪く、私は黙って睨みつけた。目力に気がついたのか、ウィンストンは視線だけをこちらに向けると鼻から息を吸い込んだ。
「力を持つと叩かれるぞ」
それだけ言った後に、しばらく口を開けて黙り込んだ後、再び話を始めた。
「君はおそらく軍にいれば上に行けただろう」
「学のない旋盤工の娘なんざ、上に行ってどうするんだ?」
「それこそが恨まれる原因なのだ。私たちが認められる他人の実力は、自分と同じ程度までで、自分以上の実力というのは理解できない。そんなものはあってはいけないからだ。自分よりも頭が出た分は、嫉妬と恨みに変換される。それが動機になり前進できれば良いのだが、だいたいは相手を引きずり落とすことへの執着心にしかならない」
確かにそれはそうだ。私は今まさに目の前でそれを言った無表情な男に筋力では勝てなかった。それ故に恨み僻んだ結果で銃歩兵科に行ったようなものだ。
「ここで軍を辞めておいて正解だ。……上官を殴ったのはいただけないがな」
「アンタも私が偉くなるのが気に入らないのかい? 偉くなった暁には、全員に銃を持たせてやるよ。全員に持たせれば発砲率も命中率も上がるさ。おたくも儲かるぜ?」
「おや、これは意外」
ウィンストンは顔を上げて驚いたように眉を上げた。
「君に偉くなることへの興味があったとはね。だが、望まざると君は上り詰めていた。それで順調にいけばいいのだが、やがては上層部に目を付けられて厄介なことになっただろう」
「クビになるなら一緒じゃないか」
「そうでもないぞ。クビで済むならいいが、処刑もあり得る。今の立場にしがみつこうとする輩が大勢いるからな。君が半殺しにした上官も然る事ながら。仮に立場を持たなくても、多くの部下の信頼を集めてしまえばやがて反乱を起こすと危険視されるだろう。
ここでは武力だろうと信頼だろうと人望だろうと、ポッと出は持っているだけで反逆者になる。自らの手で立場権力カネの全てを獲得してきたわけではなく、先祖代々から譲り受けただけで人の上に立った者ばかりだからな」
「国ってのはうまく回ってるようで、くだらない有象無象が結構いるもんだね」
「それを知るほどに、君は国の中心に近づいたということだ」
「へぇ、難しいもんだね。維持してくれんなら私は文句ないよ。少なくとも、死ぬまで維持してくれりゃあね。その後は勝手にしな、ハハハ」
「維持か……。停滞とは思わんのかね?」