白狼と猟犬 第十九話
地元に帰ってお嫁さんでもやるかな、と寝言をつぶやいていたら、目の前にあいつが現れやがったんだ。
ウィンストンだよ。また私の前に立ちはだかったんだ。軍紀にうるさい男だったから、上官ぶん殴ってクビになった私を咎めに来たのかと思った。
昼間から何彷徨いてんだと尋ねると、ウィンストンも軍を出ることになったと予想外の返事が返ってきた。驚いたがざまぁねぇぜと肩を組み、お互い無職で仲良くやろう、強盗でもするか、と提案したが拒否された。ウィンストンが今年で軍を辞めることは入隊時からの決定事項であり、一族だかの約束で次の就職先もすでに決まっていたそうだ。
罰が当たったとかで私を笑いにでも来たのかと思ったが、意外なことに仕事を手にする権利を与えに来たと言ったんだ。
銃の腕に自信があるなら、ギンスブルグ家の敷地内森林官の採用試験を受けてみないかと書類を見せてきたのだ。
話を聞くと、ウィンストンがこれから仕えるところはギンスブルグ家だそうだ。
ギンスブルグ家は銃生産を行うヴルムタール家と取引がある。だから、ウィンストンも銃を扱えた方が良いということになった。だが、銃の腕前は二度と触るなと言われるほどに下手くそだ。銃を扱う家柄の使用人だというのに銃が使えないのは困りものだから、銃を使える優秀な人材を見つけなければいけないそうだ。
なかなか優れた人材が見つからず悩み続け、とうとう彼にとって兵士としての最後の仕事が訪れてしまった。それがあの橋の攻防だったのだ。そこで私の命令無視の精密な狙撃を見ていたらしい。
その後、早速声をかけようかと思ったが、橋での決着が付く前に私はグラントルアに引き戻されており、さらに追いかけてグラントルアまで来たがそのときには上官をぶん殴って除隊になっていた。さっさと放逐されて行方不明になられては困ると慌てたが、クビになったのならちょうど良いとも思ったそうだ。
まだ私が基地内で後始末をしているのを確認できたのでギンスブルグ家に報告を行ったが、除隊理由が暴力沙汰なので人格的なものを問われた。そこで試験を受けさせてみようと言うことになったのだ。
それはわかった。能力を買われたのはありがたい。だが、その話に私は気に入らないことがあった。
「は? 森林官? この私に庭いじりをやれってのか? 雉だの鹿だの撃つために腕を磨いたわけじゃないぞ?」
そう言って書類をウィンストンの顔に投げ付けた。
このときの私は馬鹿だったと思う。冷静なつもりだったが、またしても得た自由の前に内心は興奮が抑えきれなかったのだろうか。森林官というのはそのまま森を管理するだけだと思っていたのは大きな勘違いだった。そして、さらにそれさえも勘違いであることに気づかされるのはだいぶ後だった。
ウィンストンの額に書類を留めていたピンが当たり紙が飛び散った。舞い落ちていく紙の合間にウィンストンのしかめた顔が見えた。さすがのこいつも、今まで寛容なツラを貫いていたこの男でさえもこれには堪忍袋の緒が切れるだろう。さっさと帰るだろうとニヤつきながら見守っていた。
しかし、帰らなかったのだ。
それどころか、表情は変わらず、地面に落ちた書類を一枚一枚、苛ついた仕草一つ見せずに丁寧に拾い上げながら言ったんだ。「条件を聞けば私は絶対に受ける」とな。
それからは聞いてもいないのに話し始めた。いや、聞いていないのではなく、私の表情が話せというものになっていたのだろう。無視すればいいものを、聞き入ってしまったのだ。