白狼と猟犬 第十七話
もう少しすれば一斉射撃の命令が下る。
私に付いてきた精鋭チームの奴らの心構えはいっぱしだが、撃たなくてもその場にいさえすればお家に帰ったあとに褒められるはずの貴族のお坊ちゃんたちは、銃を握っているだけでガタガタ震えだしている。どれだけ練習で撃ちまくっていたとしても、本番になり実際に生き物を撃つとなると突撃兵に比べて安全圏にいたとしても恐怖がこみ上げるのだろう。いや、もしかしたらここも安全圏ではなくなるかもしれない。そう思い込んで不安なのだろう。
まだ撃鉄を起こしていないが、そのような手つきで起こそうとして、うっかり引き金に指先を当ててしまえば明後日の方向に弾をぶっ放してしまうかもしれない。それが味方側に飛んでいかないとは言い切れない。よしんば問題なく準備できたところで、ソイツらが焦った挙げ句に命令よりも早く引き金を握ってしまえば総崩れだ。
貴族のお坊ちゃんの失敗は私らに擦り付けられる。そして、失敗するのは間違いない。
この距離で私なら精密に射撃をすることが出来る。すぐに命令が出そうだが、それまでに死ぬ兵士たちのことを考えると、今ここで命令違反をして私が撃った方がこちらの犠牲は少しでも抑えられる。
どうせ始末書かあるいは罰を受けるなら、好転させておいた方が良いだろう。急所は外す。もちろん私なら眉間でも心臓でも狙えたさ。
あえて外したんだよ。移動の出来ない怪我人を出せば、そいつを庇うヤツが出てくる。
撃つのは一番強いヤツでもなく、一番弱いヤツでもない。中間のヤツだ。一番強いヤツを負傷させて逆境を作ってはいけない。一番弱いヤツが傷つけば、言わずもがな。魂を燃え上がらせて実力以上の強さを発揮するヤツもいるからだ。
一番弱いヤツが五体満足なら、真っ先にそいつが怪我人を担いで逃げることを提案するからだ。
それで三人とも一斉に逃げ出してくれれば最も良いのだが、ここは人間、エルフどちらにとっても死守すべき要所。そう簡単にはいかないだろう。だが、戦力は少なくともマイナス一出来る。
殺しちまったら、おっと、考えるだけでぞっとする。
死者が出た瞬間、残った者の士気は爆発炎上、さらに押されることになる。ここにいる私たちも皆殺しかもしれない。
一斉射撃の命令を待ち固唾を飲み込んでいる銃歩兵科の他の奴らを差し置いて、私は戦いが好きそうな男の太ももを撃ち抜いた。
思った通り、一番弱いローブの男がそいつを担いで逃げ出した。精鋭チームの奴らは私を見て、肩を上げて笑いかけてきたが、お坊ちゃんたちが慌てふためいて木から落ちていた。そして、その中の誰かが上官にチクったのか、私は木から引きずり下ろされてしまった。
攻防の結末がどうなったかを直接見ていない。私が知っているのは、相手に負傷者が出て撤退した後、残った男が橋を守り抜いていたが、多勢に無勢。橋をある程度人間側に押し戻した後、こちらから撤退になったそうだ。




