白狼と猟犬 第十三話
すでに夕暮れ時だった。遠くで終業時刻を告げるチャイムが鳴っているのが聞こえた。窓の外は赤くなり、まだ照明の付いていない多目的室は夕日の赤と自分たちの影だけが動いている。
周りが勝手に盛り上がってやらされた喧嘩だってのに(買ったのは私だが)、そいつらはいそいそと帰宅してやがるのか。制服着てる奴らも観衆にはいただろうに。クソが。
食堂での夕餉の準備も終わりを迎えそうなのか、生っぽい臭いではなく調理された香ばしい臭いが空腹で敏感になった鼻を突いてくる。苛立つほどに手は汗ばみ、始末書の紙が纏わり付く。何度もくっついたそれは丸まり、ペンを通せるのか怪しいほどに脆くなっていた。
止まらない舌打ちをしながらペンをかりかりと動かしていた。
しかし、自分のペン音に混じってやたらと大きな音が鼓膜にズレて聞こえる。それは紛れもなく私の戦った相手のものだ。それも遠くから聞こえてくるのではない。
多目的室は広いというのに、こいつはなんで私のすぐ隣に座るのだ!
長机に並んで座ったのだが、そいつはデカすぎて四分の三ほど占拠していた。
ペンを一度止めて一瞥くれてやりながら舌打ちをすると、これまでの舌打ちと同じではなく自分に向けられたものだと気がついたのか、そいつはすまなそうに私を見てきた。
「申し訳ない。身体が大きいのは家族みなそうなんだ」
「身体の特徴をとやかく言うのは悪いが、邪魔なモンは邪魔だ。私が書けないじゃないか」
「申し訳ない」
そう言うと右に僅かにずれた。しかし、長机が傾きペンがコロコロと転がった。どっか移れ、顎を動かしてそう訴えかけた。当然、伝わらなかった。
「デカブツ、お前さっき覆い被さったときにわざと隙間を作ってたろ? 上官が来なかったらすり抜けて攻撃してたぞ」
「君は強いと聞いていた。私に公衆の面前で負けたいか?」
「嫌だね」
私は椅子にもたれ掛かり、腕を背もたれに乗せた。そして、大股を開いて足を伸ばした。だが、そいつは書くのを止めなかった。
「ならよかったではないか」
「あんだよ、わざと引き分けにしたのか。クソッ」
机の足を蹴り飛ばした。置いていたペンと紙が踊った。するとそいつは書き損じたのか、渋い顔をして私を見てきた。
「相手ならいつでもする。だが、正式な訓練の場で、だ」
「ほぉ、名前はなんて言うんだい? 筋肉紳士サンよぉ」
――誰のことだか、言わなくてもわかるんじゃないのかい? ウィンストンだよ。あの高学歴脳筋だけは何が何でも倒せなかった。