白狼と猟犬 第十話
そう思った直後、私は話しかけてきた男が乗ってきたという馬車に乗り込み、軍の事務所まで連れて行けと言ったのだ。
突然飛んできたタブロイド判をにぎりしめてニヤつきだした私を困った様子で見ていた男は慌てたようになり馬車を出して送り届けてくれた。
そして、ザ・メレデント紙を握りしめて軍の事務所に顔を突っ込んだのだ。
(チャナントカさんとは軍に入ってから会うことはなくなった。一度、足にしてしまったことへのお礼で会ったが、どうも軍関係の仕事らしく不用意に軍人と接触するのはダメだそうだ)。
私はあまり世間に詳しくはなかった。地元にいたときは村に一台だけあったラジオを聴きに村長の家によく行った(悪友たちと集団で押しかけた。一人だと断られるから)。ニュースも流れていたが聴いていたのは、今で言うシャンソンみたいな曲だとかもっぱら流行の音楽だけだった。そして、グラントルアに来てからはたまに新聞は読むが、まぁなんか人類と戦争しているとか何とか、位の認識でしかなかった。
ウェイターをしていたとき、意識の高い客が酔っ払うと戦争はなんだ、国枠主義はかんだと議論していたのを見ていたので、戦争に向けて昂揚しているのかと思っていた。
だが、実際はそうでもなかったようだ。
鎭臺連隊人事局の事務所には入隊希望者でごった返してはいなかったのだ。いたのは見るからに職のない者たちばかりだった。誰しも猫背でやつれた顔をしていて、壁はタバコのヤニか何かで薄汚れて、雰囲気は暗く、広告のような御威光はここには差し込んでいないのではないかと思うほどだった。
先にいた数人があっという間に終わると私の番が回ってきた。
最初の面接では、内地で肉ばかり食っているせいで太ったような中年の男に対応された。よく見ればかつて働いていた店に来ていた常連客の一人だったのだ。態度の悪い客だったが、やたら高い肉料理と酒をしこたま頼むので文句が言えなかった。
担当になったことはなかったが、注文を取りにいった女の子の尻やら胸やらを触りまくっていたのを強烈に覚えている。遠くで見ていただけなのでこの男は私を知らないかもしれないが、少なくとも私は覚えていた。
男は眉間と眼瞼をひくつかせている私を見ると舌打ちをして、食堂の給仕係と看護婦の募集はしていないと必要書類に目もくれずに切り捨てた。だが、私が兵士として雇えと言うと担当が交代になった。
どうやら先にいた数人は仕事がないか探しに来ていただけのようだ。それ故に面接時間が短かったようだ。
それからなんやかんやと説明があり、そしてテキトーな紙にサインをして、そのままよく分からないので流れに飲まれていると、気がつけば次の日には軍属になっていた。
やはり人員は不足しているのだろう。数人の女性部隊に配属され、訓練から始まった。部屋の掃除や靴磨きなど訓練かどうかもわからないような雑用から、本格的な訓練まで行った。さすがに軍隊と言うだけあり、体力的にもきつい物があった。だが、かつて過ごした村にある草原が見えなくなる端から端までが行動範囲だった私には体力がある程度備わっており、そのおかげで乗り切ることが出来た。
訓練の中でも特に軍隊格闘は身体に合ったようで、鍛えれば鍛えた分だけすぐに強くなった。