白狼と猟犬 第九話
で、とうとう、行く当てもなくなっちまったワケだ。メシや家賃は貢ぎ物を換金したカネでしばらくなんとか出来た。頭ン中がチ○コとおっぱいでいっぱいの男どもがここでは役に立ってくれた。
仕事探しがうまくいかないと、それはそれは暇なことが多くなった。しかし、こちらに来てから働きづめだった私には、趣味なんてものが無かった。
その与えられた時間で、私はなぜ田舎をほっぽり出してグラントルアまで来たのか考え始めたんだ。
そんな時間が出来ると考え事をしてしまうのは、誰だってそうであるに違いない。なるほど、暇は猛毒とよく言ったモンだ。
さて、なんで首都なんかに来たもんか。身体の内側の毒に目をやった。
成り上がろう、のし上がろうという気は無かった。母親のように地元から出ないで暮らすというのが、どれほど豊かであっても窮屈だった。それが嫌で私はグラントルアに来た。だが、嫌なことから逃げてきた、という言葉の『逃げてきた』というフレーズが、事実であるが故に不愉快この上なかったので、自由になりたくて来たと言い換えた。
では、本当に自由になってしまったこれからはどうしようか。
ただ生き延びようと言うだけというのもつまらない。再び全てが自由になったのだから、上に行けそうなところを探すことにした。
だが、接客業のいつもニコニコってのはどうも性に合わないらしい。いや、合わないわけではないが、客が面倒くさいのだ。
いやはやどうするか散歩しながら考えていると、近くの路地に馬車が止まり燕尾服の上品な男が降りてきた。邪魔だなと思いながら避けようとすると、なんと話しかけてきたのだ。誰かと思って眉間に皺を寄せて睨みつけると、小劇団の舞台裏まで来て声をかけてきた男だった。
名前は――チャ、チャ、チャリ……チャナントカではっきり覚えていないが、やたらバラの花束を渡してきたヤツだった。金にならないので飾るだけだったが、なんだかんだと長持ちしたので、他の男どもが貢いできた物を換金した後に残った唯一のバラだった。
私がぷらぷらしているのをどこかで聞きつけて声をかけてきたようだった。困っているのではないかと尋ねてきたので、無職だと答えて笑うと心配そうな、というよりは哀れむような顔になった。
だがそのとき、途轍もない強風が吹いたんだ。そして、すぐ横に立っていた出来たばかりの街灯にくしゃくしゃになったザ・メレデント紙が引っかかり、はたはたと風でたなびいていたんだ。風が止まるとそれは落ちてしまいそうになり、何を思ったか、私は男の話など途中で放り出して地面に落ちてしまう前にそれを慌てて手に取った。
そして、チ○コ男どもが好きそうなくだらないエロ記事の下にある広告を見つけたんだ。
“ルーア皇帝の威光はやがて人類蛮を幾千に従え、その先の白夜の地にさえも光を届ける! 君の力が必要だ! 帝政ルーア軍 鎭臺連隊 人事局 新規軍人募集係”
トップハット、蝶ネクタイの男がこちらを見据えて人差し指を向けている。さらにその下にはパリッパリに綺麗で高級そうな軍服にバッチをジャラジャラ付けた男と女が無限遠に焦点を合わせながら敬礼をしている横顔の絵が描かれていた。
このイラストの印象では、男女に関係なく制服にジャラジャラバッチがつくほどに偉くなれそうに見えた。
接客業でニコニコとありもしない善意を無理して振りまくくらいなら、敵にも味方にもぐにゃぐにゃに歪んだ感情をぶつけ合う軍人の方がマシだ。
それにタブロイド紙ですら軍人募集記事を出すほど、緊張が高まっているようだ。ビチクソ女でも入れてくれるだろう。
それで軍に入ることにしたんだ。