白狼と猟犬 第六話
ジューリア・ヘンズローブ。ヘンズローブは旧姓。今はオブライエン。
私はただの家出娘だ。
別に親が死んでみなしごになったわけでもないし、極貧に燻っていたわけではない。悲しい過去なんかありもしないので、残念だけど期待には添えない。
父親は旋盤工で、日々数値目標が刷新されていく進歩の日々の中で稼ぎも悪くなかった。
母親は地元から出たこともない田舎娘で、それを見ていた私は私もそうなるのではないだろうかと幼いながらにその押さえ込まれるような恐怖を感じていた。
私は地元では少しばかり可愛い女として名が通っていたさ。ヘンズローブのお嬢さんと結婚するのは僕だ、俺だと男どもが取り合っていたって話もちょくちょく聞いた。
そうなると当然出てくるのは、その地域の金持ちだ。
ある日突然、両親が私をそこの頭の悪いバカ息子の許嫁にするという話を持ち込んできた。
最初はこれはチャンスかもしれないとも思った。
金持ちと結婚して金銭的に余裕ができれば、首都の大学に通い勉強がしたいとか、社交界とか言う都会的で派手な趣味とか、適当な理由を付けて村から出られるかもしれないと思ったからだ。
しかし、当時はまだ帝政であり、それも共和制移行よりも三十年以上前であり貴族の世界だった。
一部の貴族が皇帝一族の世襲を模倣し、権力立場富をそのまま自分の子どもに引き渡し、惰性と既得権益の保全に走り続けて腐敗しきっていた貴族主義を打破しようと言う産業主義者たちが共和制へむけて運動を始めていた頃だが、それでも根強い貴族主義の世界だった。
地元でどれほどの金持ちだろうと首都に行けばただの地方の貧乏貴族としてしかあつかわれない。
ましてや彼らの嫌う産業主義の申し子のような旋盤工の娘など、やり玉に挙げられるのは間違いない。
私はきっと着せ替え人形のように閉じ込められ、彷徨くことを許されるのは部屋と僅かな庭だけになり、やがて楽しみは庭の剣弁高芯バラの蕾が付いたことぐらいになるのだろうか。
それでは母親と同じ田舎娘と何ら変わらないではないか。
それが悪いことではない。母は私を守り育てた。だが、私にはそれがおそらくできない。そして、バラの種類にも興味が無い。
これまでのような自由――野山を駆けまわり、森の木々全ての枝の位置を知りつくし、木の実の全てをおやつにするような――は与えられないのだろう。それを考えると窮屈に感じ始めた。