白狼と猟犬 第五話
「そういう人がいるのがわかってるなら、まずその人を撃てばいいんじゃないの?」
「目標をちょこちょこ変えるのはよくないんだよ。
狙っているのを邪魔されたら、そのときは諦めるべきなんだ。
狙撃って言うのは周到に準備して、そして現場でも慎重に情報を集めて始めて正確な仕事が行える。
この一発以外にチャンスがない、なんていうのは狙撃ではなくて、それはもう運でしかない」
「でも、そういう人を撃てってなることもあるんじゃないの?」
「スナイパー同士の撃ち合いってことかい?」
セシリアはうんうんと頷いている。
「そのときも大事なのは情報だよ。相手がどこにいるかが鍵になる。お互いに居場所の探り合いさ。騙して騙されて相手に先にバレた方が負け」
「じゃあ、二人とも居場所が同時にわかったときはどっちが勝つの?」
難しいことを聞くね。好奇心旺盛な子どもだ。「そうさねェ……」と顎に手を当て少し考えた。
「そりゃガンマンになっちまった方が負けだよ。
何度も繰り返しになっちゃうけど、精神を集中させなければいけない狙撃はチャンスを一回にしてはいけないんだよ。
数あるチャンスの内で必ず一撃で成功させられる一回を作り出すのが狙撃だよ。
安全なうちに逃げ出して、生きていれば必ずチャンスは訪れる。
だから、次のチャンスのために命を守ろうとしない。ここで相手を必ず撃たなければいけないって思い込んじまったほうが負けさ」
「がんまん?」
セシリアは小首をかしげて尋ねてきた。
ガンマンについて私はこの子に教える必要は無いと思った。笑って誤魔化して頭を撫でると、左片目をつぶりくすぐったそうな顔をして照れた。
ガンマンになるなと言う話の中で私は“非情など存在しないほどに非情になれ”というのを直接は伝えられなかった。やはりまだ子どもなのだ。
おそらく、イズミ殿にはセシリアは多感な時期を多感なままに過ごして貰いたいという思いがある。
そして、イズミ殿がこの子の傍にいる限り、安易な発砲は許されないだろう。実戦は遙か未来になるはずだ。やがて撃つ日が来るとわかっていても、その思いを汲むことにした。
利き目は右目のようだ。矯正する必要はなさそうだ。押しつけてくる尻の感触では、子どもながらに骨盤もしっかりしている。体力も申し分ない。好奇心も旺盛。
だが、少しばかり泣き虫さんのようだ。イズミ殿の話では泣いてばかりいるようだ。
後は撃つ反動で肩が外れないかどうかだ。
成長すれば、外れ癖さえ付かなければ肩は何とかなる。泣き虫もいつかは成虫になるのだから。
その次の日から、この女の子――セシリアといったか――に私は銃を教える日々が本格的に始まった。
この子に教えるなら、やがてはあの“糸”についても教える日が来るのだろう。
だが、それは弾を真っ直ぐ撃つ、いや、それよりも最も基本である滞りなく撃てるようになってからの話であり、まだまだ先のことだと思っていた。
私自身、撃つデモンストレーションを見せたときには、的を狙うと言うよりも撃つこと自体を見せる程度ですむだろうと思い、的に“糸”をかけてはいなかった。
このとき、誰かが誰かを長距離で狙うときに生まれる糸と糸が繋がっているようなあの感覚はまだどこにも無かった。しかし、糸はすぐに私たちを絡め取ったのだ。
身をもってそれを教えることになるとはね。
だが、その前に昔話だ。ここまで聞いたなら、よく聞けよ? 年寄りの話は大事だってな。