白狼と猟犬 第二話
私がその北公製の銃――アスプルンド零年式二十二口径魔力雷管式小銃を目にしたのは、エルメンガルト先生に再び会うために飛行機で砂漠の手前に降り立ったときだ。
イズミ殿がつれていた小さなスナイパーがそれを持っていた。
その子はボルトの抜かれた北公の銃を、後生大事に抱えていた。
まるで一緒に育ってきた唯一無二の親友であり守護者である飼い犬を抱きしめているかのようにも私の目には映った。
装甲車で乾燥地帯を走り抜けてクライナ・シーニャトチカへと向かう途中、私はその子と銃が気になったので声をかけた。それがファーストコンタクトだったのをよく覚えている。
「お嬢ちゃん、いい銃を持ってるね。ばぁばに見せてごらん」
少女にそう尋ねると、彼女は困ったように眉を寄せ上目遣いになり、銃を強く抱えて背を向けてしまった。するとイズミ殿が少女を撫でながら私の方を向いた。
「ジューリアさん、この子あんまり懐かないんですよ。それから、銃なんですけど、申し上げにくいんだけど北公のヤツです。危ないからボルト抜いてあります」
「さようですか。それは興味深いですね。粘菌みたいに流れ着いた先で増えてからに……」
「セシリア、大丈夫だよ。その人は銃の扱いがすごい人なんだ」
「イズミ殿、はっは、これは光栄ですね」
あのとき、あの車の中で、私はセシリアに銃の扱いを教えることにした。
そうしようと決めたのは、もちろんこの少女が気に入ったからではない。確かに可愛らしい人形のような女の子だ。
だが、私が積極的に接点を持ったのは奥方からの指示があったからだ。今回の作戦の要である、このブルゼイ族の少女と接近するように言われているのだ。
しかし、かわいらしさ以外の何かを感じ取り、この子には銃の扱いを教えなければいけないという気持ちがあったのは間違いない。
持つ者には義務がある。彼女が銃を持ち続けるなら、いつかそれを必ず撃つ日が来るのだ。
持つ者には避けられない宿命であり、先人たちはその宿命を正しい形で導かなければいけない。
奥方の指示だと言えばイズミ殿は納得しない。
だから、先人としての義務を果たすことを偽りなく伝えて、私はこの子に銃を教える許可をイズミ殿に貰った。
伝えていないことがある分、この子には全力で教え込まなければいけない。
イズミ殿は私にボルトを渡すと奥方との話し合いに入った。私には難しい話だが理解する必要も無い。私は私の的を撃てばいいだけだ。
話し合いをしている横で私はもう一度セシリアの銃を確かめた。メーカーは北公にあり、名前を知らない。アスプルンドだか、なんだかと言っていた。
しかし、それはメーカーではなく、年式と開発者の名前だ。
これから使うとなると、色々と必要になってくる。
メーカーの指定のソルベントや弾丸などがおそらくあるはずで他社(と言うより他国)の物を使うのは気が進まない。
しかし、チャリントン製の拳銃から編み出された小銃だからなのか、共和国製の小銃と比べて引き金やボルトハンドルの構造が異なるものの重さや長さはほぼ同じだ。
ここまで似通っているとなると、共和国の小銃そのものが知らぬ間に流れついていても不思議ではない。
揺れる車内で恐る恐る分解してライフリングを見てみると、目で見た印象では共和国の物と変わらないので、問題は無さそうだ。
しかし、汚れている。このままでは壊れてしまうか、撃った本人も危うくなる。スナイパーが自らの商売道具を扱えないようでは話にならない。
車の中で、ソルベントの使い方や薬室側から押し出すように磨くことなど銃のメンテナンスについてを一通り教えた。
汚れた銃はすぐにでも綺麗にしたい性分だし、見せたりやらせたりした方が身につくのだが、道具がなかったので実際にやるのは今度にした。それからは心構えを教え込んだ。