スプートニクの帰路 第五十五話
クロエを殴り飛ばす為に杖に手が伸びそうになったが、引き離された恐怖で怯えきっているセシリアが見ている。これ以上怯えさせるわけにはいかない。彼女の姿を見てほんの少しだけ冷静さを取り戻して抑えた。
それにここは村のど真ん中で人の眼が少なからずある。不用意に目立つわけには行かないし、魔法をぶっ放しては住民たちに迷惑をかけてしまう。
掌を震えるほど強く握り、杖で殴りかかろうとするのを抑えて、勢い任せにクロエに飛びかかりその手で胸ぐらを掴んでたぐり寄せた。だが、
「今回ばかりは許さないぞ。お前、セシリアに何してるんだ!? 誘拐して喋らせるつもりか!?」
唾が顔に吹きかかるほどにクロエをさらに引き寄せた。襟もさらに強く、拳で巻き込むようにして少しばかり首を絞め上げるようにした。
クロエは目をつぶり歪んだ表情をした。そして首をぐるりと回すと焦ったような顔になった。
「私が知るわけ無いでしょうが! い、今は話を聞いてください!」
俺は襟をさらにきつくし足が浮くほどに持ち上げほとんど首を絞めるようにすると、誰かがズボンの裾にしがみついてきた。
「たぶん、この、お、おばさん、悪ぐない。悪ぐないの!」
足下を見るとセシリアがしがみついて震えていた。そして、ズボンに顔を押しつけると、くぐもった大声で泣き始めてしまった。
俺がクロエを投げ捨てるように突き放してセシリアを抱き上げると、セシリアは首が軽く絞まるほど強く巻き付くようになり、先ほどよりもさらに大声を上げて泣き始めた。彼女の背中をさすりなだめた後、左手で杖を持ち上げて杖先をクロエの顔の目の前に、目に刺さってしまいそうなほど目の前に突き出した。
「どういうことだ? セシリアをこんなに泣かせて! 許さないぞ!」
投げ捨てられたクロエは尻餅をついて砂埃を上げた。ゴホゴホと二、三度喉を押さえるようにして咳き込んだ後、右手を地面についてゆっくりと立ち上がった。そして、土埃を強めに払い、上着を引っ張るようにして襟を正した。
「泣きたいのは私ですよ! あんな無能の指示に従わなければいけない私の身にもなってください!」
「お前が攫おうとしたんじゃないのか?」
そう尋ねるとクロエは震えだした。歯を食いしばると髪の毛をばりばりとかきむしった後頭を押さえて天を見上げて、
「いい加減にしてください!」
と声を裏返してヒステリックに怒鳴ると、人差し指を突き出し俺の胸の辺りをつつきながら迫ってきた。
「そんなわけないでしょう!? あなた、これまで何回もした私の話キチンと聞いていましたか? ええ、ええ、ええ! この際全てお話しますよ。何度でも! 今後に影響が出ないと言い切れないのでね! シバサキが先ほど、私にセシリアの誘拐指示を出しました」
「それで誘拐したんだろ? 連盟政府のため職務を遂行する、キリッとか言ってよ」
俺が挑発的に話を遮り割って入ると、クロエは毛と肩を逆立て始めた。




