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スプートニクの帰路 第五十四話

 セシリアが突然いなくなってしまった。それも本当に忽然と姿を消したのだ。


 家で食事を済ませ、食器を片付けるためにテーブルにまだ座っていたセシリアに背中を向けたときだ。金属のスプーンがテーブルの上に落ちるような音がしたので、食器を落としたのかと思い彼女の方を振り返るといなくなっていた。そして、彼女がまだ握っていた小さなスプーンがテーブルの上で揺れていた。

 窓に開けられた形跡はなく、彼女はまだドアノブに手が届かない。家の中は狭く、他の部屋も収納もないので隠れる場所は何処にもない。


 まるで最初からそこにいなかったかのように人が身体から無意識で放つ音も気配もなく、さながら神隠しのようにいなくなったことを不審に思った。さらに、ただどこかへ出て行ってしまっただけではないという、何か強烈に嫌な予感もしたので、キューディラを用いてムーバリとユリナにいなくなったことをすぐに伝えた。


 ムーバリはセシリアが行方不明になっていると伝えると、しばらくの間無言になった後、北公が全力で探し出します、私が広場の中心に伺います、と言った。

 ユリナはマジか、と言うとキューディラ越しにジューリアさんや他の部下に大声で迅速な指示を出しているのが聞こえた。そちらからはフラメッシュ大尉が来るそうだ。


 反応と対応を見る限り、この二組織が誘拐した様子ではなかった。しかし、どうやらいよいよどこかの組織が実力行使に出始めたと思った様で、行動は異様なまでに素早かった。


 あとは残すところは連盟政府のみだ。しかし、俺は現場に常駐しているクロエの連絡先を知らなかった。協会か商会かを経由して連絡をしようと試みたが、そのときはなぜか二人とは連絡が取れなかったのだ。


 こんなときに限って、と悪態をついてしまいそうになったがそれどころではない。

 とにかくこの緊急事態をなるべく早く解消するために、まずはムーバリ上佐とフラメッシュ大尉と合流することにした。この二人だけでも、ムーバリに頼るのは悔しいのだが、十分心強いのだ。


 連絡の取れた二人と落ち合う為に俺とアニエスは村の中心部の井戸に向かった。


 もし、万が一ただの迷子であったとしても、ここはセシリアにとっては見知らぬ土地である。寒さに震えてどこかでうずくまって泣いているのではないだろうか。可哀想に。いつかの――まだククーシュカだったときのように、路地裏で倒れ冷え切り衰弱してしまっていないだろうか。また繰り返してしまうのだろうか。そう思うと胸が苦しくなった。


 前回と違うところがあるとすれば、セシリアは寒いと言って上着を着たまま食事をしていた。いなくなる直前までは上着をしっかり着ていたので、もう少しは持つだろう。持っていてくれ。


 だが、もしただの迷子ではなく、何者かによって誘拐されていたとしたら? そうなってしまうと見つけるのは困難だ。全開の双子誘拐騒動の時はだいぶ苦労した上に、双子を見つけられたのも偶然に等しかった。誘拐犯のヤシマもまめまめしく世話をきっちりしていたし、今思えば幸運の連続だった。


 そう何度も幸運が繰り返すとは思えない。


 余計なことばかり考えている内に広場に到着して二人を待っている間、落ち着こうとすればするほどに思考はめまぐるしく回り早く見つけなければと焦りが産まれた。二人の到着がまだなのかと意味も無く回ったり足を常に動かしたりしていた。


 五分ほど(体感ではもっと)そうしていても結局落ち着くことなど出来ずに今度は首を左右に回していると、村の北側へと続く路地から誰かが出てきたのが目に入った。見覚えのある黒い髪にフォックス眼鏡、緑のボレロ。それはクロエだった。


 こいつには頼りたくない。だが、今は緊急事態。ちょうどいい。そう思い事態を伝えようと駆け寄ろうとしたときだ。クロエに引かれて路地からさらに誰かが出てきた。


 小さな女の子のようで、それはどう見てもセシリアだったのだ。


 セシリアは眼の周りを真っ赤に腫れさせて、泥のついた手で拭ったのか、頬には黒く薄い線が出来ている。口を歪ませて鼻を垂らし、ヒクヒクと肩で息をしている。

 その姿を見た瞬間、腹の中で何かが爆発するような感覚に襲われた。全身に力が入り、目の前が真っ赤になってしまうのではないかと思うほど体温と脈が急上昇した。

 駆け出していた足は逸り、前のめりに倒れ込むようになり、考えるよりも先に気がつけば俺はクロエに怒鳴り声を上げていた。


「おい、クロエ、テメェ、この野郎!」

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