トリックスターの悲劇 最終話
しかし、困ったものだ。どうしたらいいのだろうか。こう泣いてばかりでは話を聞くことも出来ない。どうやら少し強引な手段に出るしかないようだ。
「ああ、もう! うるっさいわね!」
私は泣き声に覆い被さるようになり一喝して、右手を前に出した。
セシリアは掲げられた右手を見ると、ヒグッと喉を詰まらせるような声を出した。そして、両手を頭の上に置いて首を下げ身を守るようになると、目を力強くつぶった。
私は右手をそのままセシリアに素早く伸ばし、擦って赤くなり涙の痕がついてしまった丸いほっぺたを人差し指と親指で両側から軽く挟んで押さえた。触れるとふわふわと目には見えない産毛と白くてしっとりと丸く、ぷるぷるとしているが、それでいてしっかりと中身があるような軟らかい感触があった。それを確かめながら摘まみすぎて痛くならないように、それでいて口は押さえ込めるように力を調整しながら慎重に彼女の頬を摘み口を押さえた。すると、唇がタコのように前に出た。
こんな幼気な女の子を叩くわけがない。
偶然にもヒントを知っていただけで巻き込まれたにすぎない子どもを叩くなど論外で、それどころか状況を悪化させるだけだ。
これまでの任務において子どもを手にかけたことがないかと言えばそうでもない。だが、それはその子どもが連盟政府に向けて何かしらの悪意を持って動いているときだけだ。例え非情な諜報部と言われても、子どもは未来の資産なのだ。
「いい加減になさい」
摘まんだまま穏やかと語りかけると、セシリアはむにぃっと声を出し泣き止みはした。しかし、先ほどよりも瞳を大きく震わせて見つめて来た。ここで手を放してしまえば大声を上げるだろう。話を聞かせるなら今のうちだと思ったので、私はゆっくり目をつぶり語りかけた。
「あなた、お父さんから……ああ、もうこの言い方はむず痒いわね。イズミさんから何も聞いていないの? あなたはあの歌を忘れていても、エルメンガルト先生よりも大事なヒントであることに変わらないの。だから、いろんな人たちがあなたを狙っているのよ? そんな状態であなた一人でこんなひとけの無い廃屋群を歩かせて、シバサキみたいな頭おか……ウゥン、変なのにまた狙われたらどうするの? 私はね、イズミさん、アニエスさんと何度も喧嘩はしたけれど、あなたたち三人を引き裂いたりはしないわ。あなたたち三人は一緒でなければいけないと思ってるの。いい?」
もちろん、三人を引き裂かない、というのは黄金が見つかるまではである。その後に連盟政府に必要となれば、引き裂かなければいけないときが訪れるかもしれない。
両親のところに連れて行こうという私の意思を理解したのか、潤んでいた瞳の震えは収まった。少々強引ではあったが、話を聞かせることが出来たようだ。
「今からイズミさん、パパのところに必ずつれて行ってあげるから、場所を言いなさい。ああ、わからなくてもいいわ。一緒に探してあげるから。ね?」
むい、むいと顎を二回頷かせたので、手を頬から離した。するとセシリアはぷはっと息を吸い込んで、喉の奥に残っていた僅かな泣き声をうめくように小さく吐き出した。多少は落ち着いてくれたようだ。もう爆発的な号泣はしないだろう。
「それまでは良い子にしてちょうだい。今の変な人が帰ってくる前までには必ず、帰してあげるから」
飴を再び掌に置くとすぐには食べなかったが、今度は素直に受け取り力強く握った。
「ふぅ、あなたを見つけたのが私で良かったわね。行きましょう」
しかし、本音を言うとイズミさんのところへ私自身が行きたくはないのである。
間違いなく攻撃されるからだ。彼とアニエスさんから袋叩きにされて、今回ばかりは治癒魔法をかけては貰えないかもしれない。
確か、この子はモットラ、もといムーバリにも懐いていたはず。それから例の民間団体の部下の女にも。
いっそのこと、どちらかに預けてしまおうか。
それはダメだ。
少なくとも私に誘拐の意思はないことを伝えて解放したとしても、間接的に行うなど逃げ出しているだけで怒りを買うだけだ。イズミさん、アニエスさん、二人から攻撃されるのは承知の上であっても、直接伝えて向けられる嫌悪を少しでも減らしておかなければいけない。
私自身が責任を持ってこの子をイズミさんたちに送り返さなければいけないのだ。
放してしまわぬようにセシリアと手をしっかりと繋いで、私たちは拠点を後にした。
「まずは、そうね。村の中心部に向かいましょう。そこなら村人もいるし、目立つことができるわね」