トリックスターの悲劇 第八話
ぶつぶつと文句を言いながらポータルを開く準備にかかったシバサキに適当に言葉をかけて、私はセシリアに近づいた。彼女は近づくと、ますます怯えたようになり後退りながら壁に背中を付けた。そして、尻餅をついてしまうと左右に首を振り逃げ道を探しながら足をばたつかせた。しかし、逃げ場がないとわかると震えだし、うわっ、うわっと声を上げながら再び泣き出しそうになった。
「あなた、こっちに来なさい!」
そして、シバサキがポータルを開くと同時に私はセシリアの腕を掴んだ。すると、セシリアは再び悲鳴を上げた。どこかへちょこまかと逃げられては困るので、できる限り痛くならないように引っ張り寄せて彼女を抱きかかえた。
凄まじい悲鳴を上げるセシリアを抱えて、キンキンの頭の中いっぱいに響く悲鳴に視界をぼやつかせながら部屋の角を曲がり、そこでセシリアの口を押さえた。そのときに暴れるセシリアは思い切り掌に噛みついてきた。その痛みに耐えながら、角の隅から覗き込むようにしてシバサキがポータルを抜けるのを確かめた。
ポータルの光が消えると同時にセシリアの口から手を離して地面に立たせた。そして、目線の高さを合わせて、肩に手を置き真っ直ぐに涙でいっぱいの黄色い瞳を見つめた。
「お父さん、イズミさんはどこ? あなた、いつどこでシバサキに連れ去られたの? さっさと言いなさい」
「やだぁ! 一人で帰るの! 今の人もおばさんも、きらい、きらい、だいきらい!」
喚き散らすと再び、う゛ああああああん! と大声で泣き始めてしまった。
「聞き分けのない子ね。私もあの男も嫌いで構わないわよ。でも、ここからあなたをたった一人で帰すなんてダメに決まっているでしょう」
「やだ、やだ、やだ、放してよう!」
しかし、困り果てたものだ。ここまで子どもが泣いてしまうのは何故だ。この子でなかったとしても突然親から引き離されて、しかもシバサキに、恐怖に押しつぶされてしまうのはわかるが、どうしてここまで怯えてしまうのか。何か他に理由があるのではないだろうか。空腹もあるのではないだろうか。
「ほ、ほら、もう泣かないでちょうだい! 飴ちゃんあげるから、ね? 甘くてとっても美味しいのよ」
確かポケットに飴が入っていたはず。サント・プラントンの名産品で、舌が溶けそうなほど甘くて、口の中で溶けるとねっとりネバネバになる子どもに人気の飴があったはず。私が食べる為に買ったので、もちろん、本当に何の変哲も無い普通の飴だ。
探るとすぐにそれは出てきたので、掌に載せて微笑みながら差し出した。
しかし、その瞬間、べしっと弾かれた。
「じらないひとがらぁぁぁぁ! たべものもらっぢゃだめだっでぇえっぇ、うぇっ!」
セシリアは嘔吐くような大声を上げた。耳奥がじんじんとする。
これまでイズミさんにしろアニエスさんにしろ、保護者二人が私と険悪であるというのを傍で見てきたはずだ。そのような人間から食べ物を差し出されても受け取るわけがないと考えるべきだった。
弾かれた飴を拾い上げて確かめると、包装は砂だらけだが中身はまだ食べられそうだ。包装に付いた埃を丁寧に払った。




