弓兵さんはバズりたい 第三話
先日の依頼は不気味ながらもククーシュカの活躍により成功を収めた。
森の中でカトウとシバサキが戦っていた討伐対象はあの凶暴なイノシシのような生き物一匹二匹程度ではなく、何十匹もの群れだったらしい。この間で一網打尽にできたようだ。
成功したと言ううわさは瞬く間に広まり、リーダーであるシバサキはそれはそれは讃えられた。
しかし、レアの話ではクク―シュカ以外何もしていないことや死骸を放ったらかしにして公衆衛生維持に努めなかったことは業界団体にすでに伝わっており、ブラックリスト掲載の解除にはつながらないそうだ。それを聞いて申し訳なさから後日俺とオージーはこっそり死骸を焼きに行ったのだ。あまりにも臭いはきつく目に染みるほどで、言葉を失った俺たち二人は無言で焼き払った。
その依頼以降、シバサキは高難易度の依頼を受けるようになった。誰の手柄であってもほめたたえられるのは彼であるということに味をしめたようだ。難易度の高い討伐任務を相談もなく勝手に受けてきて、本番では崩壊した指揮系統とめちゃくちゃなチームワークを発揮し、崩れるだけ崩して最後はククーシュカが出てきて事態をまとめるというのがほとんどだった。
終わった後には、疲れてすっかり機嫌の悪くなったシバサキはカトウか俺を怒鳴り散らすだけ怒鳴り散らし、タバコを腕に押し付けようとしたり、殴る蹴るか装備品などを投げつけるなど暴れたりした後、ワタベになだめられて二人でネオンのきらきら輝く夜の町(ネオン管は存在しないので、どぎついピンクや惚けた赤の艶かしい照明の揺らぐ、麝香の香りが立ち込めるエリア)へ消えていくという、解散時間もはっきりとしない後味の悪い終わり方をする日々の連続だった。
それだけ活動が破たんしていても、結果だけを見れば成功にかわりはなく、人々の賞賛と成功報酬の受領だけはしっかりとシバサキ自身がやってから消えるというのがそこはかとなく腹立たしい。
変わったことがあるとしたら、それはこのところカトウがよく話しかけてくるようになったことだ。これまでの集合時間変更を連絡しないという事態を踏まえて、当番制で俺に時間変更の連絡をするようにカミュ、レア、オージー、アンネリに協力してもらっている。そして、カトウには俺から連絡を回すようにした。
しかし、それでもカトウは遅刻をするし、一緒に指導力不足と俺まで怒られるので、怒られ友だちとでも思っているのだろう。俺がナメられている、と言えばそうなのだが、どこかそれだけではないと感じる点もあるのだ。
ある休日(シバサキはこのチームでは休日についてとやかく言わないらしい)、偶然にも町でカトウと遭遇して昼食を一緒に食べることになった。金が無いから奢ってほしいらしい。どこに行きたいかと尋ねたのが間違いで、シバサキが出禁になった灰皿ウィスキーの店、ウミツバメ亭にどうしても行きたいとカトウに押し切られ、醜態を晒したその店へ赴くことになった。
陽の当たる四人席について、カトウはなぜか対角線上に座った。ほどなくしてきた給仕に俺はペペロンチーノを頼んだが、奢ってくれと言った割にカトウはコーヒーしか頼まなかった。
「食べなくていいの?」
「あ、いえ、ッス」
給仕の背中を見送り俺は尋ねると、もそもそと何か言ってそのまま黙ってしまった。しばらく黙っているとカトウはおもむろに話し始めた。
「『お前のナイフは一番偉い人が不愉快な思いをしないために枝を切り落として道を作るためにぐらいにしか役に立たない』らしいッス……」
「ん? うーん……?」
何とも言えない。曖昧なことすら言えず喉を唸らせる。
ナイフは森の中を進むために邪魔な枝を切るにはちょうどいい。それにカトウの持つそれはマシェットナイフであり、山刀とも呼ばれるくらいのものだ。サバイバルをする人に言わせれば、緊急事態でもないのにマシェットを戦闘に使うなど論外なのかもしれない。
ひとまず常識のことはよそに置いて、それを常時武器として扱うとなるといささか切れ味は劣るので攻撃は叩きつけるようなものになり、利便性を考慮して軽く作られていて速さは出せても重さのないそれでは殺傷力をあまり高くすることはできないと思う。
だが、カトウのナイフは日光に当たると刃先が光るほどに研がれているようなので、敵を切りつけるという攻撃に全く不向きだと言いきれない。
気になることはナイフの話だけではない。一番偉い人とはいったい誰だろうか。すっとぼけるつもりはないが、そんなやつはいただろうか。思い上がりもいいところだ。ひょっとするとチームの大黒柱たるククーシュカのことだろうか。
普段落ち着きのないカトウが借りてきた猫のようにおとなしい。その姿を見て一つわかったことがある。カトウは何か伝えたいようだ。
テーブルを挟んで向かいに座るカトウは頼んでからすぐにきたコーヒーを飲まずに下を向いて頭を抱えている。泣いているわけではないようだが声は震えていた。どうやらだいぶ落ち込んでいる様子だ。役立たずと言われたことがよほど堪えたのだろう。
しばらくは立ち直らないだろうと思い、腕を組んでわれ関せずの雰囲気で流してしまうのは可哀想なので無言で言葉を待つことにした。隣の椅子の背もたれに手をかけ窓から空を見上げる。
昼を過ぎてもまだ青い空。少し前のいつか、拠点の窓辺で埃を噴き上げた空の色は、あのときよりも青さを増している。ノルデンヴィズの遅い春は半ばも過ぎ、気温もあがり汗ばむことが多くなった。それでもまだ雨期は遠い。夏が来る前の、そのもっと前の春の暑い一日だ。
遠くに浮かぶ雲を見ていると、向かいのカトウが息を大きく吸い込んで顔を上げた。
「ククーシュカさんの武器はバルディッシュって名前らしいッス。東ヨーロッパの……あ、先輩はわかるッスよね」
戦斧でまさかりの柄を長くしたようなもので、ハルバードではないらしい。長い柄の先に30センチ程度の三日月状の刃物が付いている武器で、振り下ろす速度と重さで威力上げるらしい。まるでネットで調べたかのように武器について早口で話してきた。この異世界の誰が彼に東ヨーロッパの武器を教えられたのだろうか。
とりあえずわかったようにうなずく俺はハルバードが何だかわからない。でも、動き始めたカトウの話を無視してはいけない。
俺にはわかる。脈絡のない話を唐突に、しかも少し早口で話すときはだいたい他に言いたい、ついでではない本当に言いたいことがあるものだ。
しかし、何か話したいことがあるのか? と核心をついてしまうとカトウは口ごもってしまうかもしれない。うまく彼の本当に言いたいことを引き出せないだろうか。
「ふーん、よくわかったね。ククーシュカに聞いたの?」
動きを止めないように、できる限り質問で彼に返すことにした。
「違うッス。例の掲示板機能で聞いたッス」
きっとどこかに似たような転生者がいて、その掲示板機能を通じてカトウに教えたのだな。カトウはうつむき加減になり続けた。
「ククーシュカさん、俺と口きいてくれないんスよ……」
とコーヒーに視線を落とした。
目の前のカトウには悪いが、お世辞にも彼女とそりが合うとは思えない。彼女がカトウと口を利かなくなった理由は、大方、最初のナンパで余計なことを言ったのだろう。彼女のことは良く知らないが、わけのわからないナンパなどしたら辛辣な反応を見せそうだ。
「へぇ、意外と便利なんだね、掲示板」
ククーシュカの話題には触れないでおこう。それ以上は何も言わず、俺は窓の外へ視線を投げた。それと同時にテーブルにパスタが運ばれてきて、食器の擦れる音がしてお皿がテーブルに置かれた。
給仕が遮ったことで会話が一度途切れ、二人の間の空気は再び静かになった。
こちらを向いていたカトウが前かがみになり、合わせた手で口を覆った。そして、
「最近、オレなんだかチームにいづらいッス」
と小さな声で呟いた。
「そう? お昼だしとりあえずなんか食べなよ。俺もコーヒー頼むわ」
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