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トリックスターの悲劇 第七話

「ああ、そういえば、シバサキ司長、さきほど本部から呼び出しがありましたよ。大至急とのことです。すぐにでもブリーリゾンの本部へ向かわれた方がいいと思います」


 引きつった顔に貼り付いた口から咄嗟にでまかせを言った。いつもの現場から引き剥がす常套句のようなものであり、すでに脊髄反射になっている。


 本部のワタベからの呼び出しはシバサキとて絶対。ワタベは聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)ではないが、どういうわけかシバサキよりも上の立場にいるからだ。そして、ワタベはこの時間帯は庶民たちの声を直に聞くことと警備視察をするという意味不明な建前を並べて街中をふらついている。そして、夕方頃に山のような領収書を抱えて帰ってきて、それを傍にいたメテセスの誰かの机に置くと自宅へと直行する。

 ブリーリゾンの本部を財布の一スペースぐらいにしか思っておらず、ほとんどいないのですぐに会うことは出来ないはずだ。


 少しでも時間が、せめて三十分でいい。それだけ稼げれば良い。その間にまずこの子をイズミさんのもとへ確実に帰す。


 シバサキが戻ってきた後に、セシリアがいなくなったことについて何かを言われるのは間違いない。だが、それはそのときに考えれば良い。どうなろうと知ったことではない。


 私はこの男のためではなく、連盟政府のために何が何でも黄金にたどり着かなければいけないのだ。


 本部からの連絡があったことを伝えると、シバサキは面倒くさそうに首を回した。


「あのじいさん、また僕のこと呼び出してるのか。偉そうに座ってるだけで、一人じゃ何にも出来ないハゲだな、全く。誰のおかげでメシ喰えてると思ってんだよ。いや、つかなんで僕より立場上なワケ? で、今日はなんて言ってるんだ?」


「私は知りませんよ。連絡があったとお伝えすることしか出来ません」


「誤呼び出しも大概にして欲しいよなぁ。僕だって暇じゃないんだ。お前もさぁ、僕の部下ならなんでそこですぐにアポとらないの? トップが現場に来るってのは()()()()だよ?」


 現場にトップが現れる。何処の組織でもそれは確かに()()()()だが、聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)においては大惨事だ。シバサキのために準備をしなければいけなくなり普段通りの仕事が邪魔をされるという。

 どれほど上が無能であっても、その顔を立てることは組織の維持に必要不可欠ではある。だが、トップと自称するなら自身でもその自覚を持つべきなのだ。例えば、現場に必要以上に来ない、とか。

 加えて、この男は部下を秘書か何かと勘違いしているのだろう。私たち諜報部員は本部から外に一歩出れば赤の他人出なければいけないというのに。そのうち、作戦行動中であっても見かけたら作業を止めて挨拶しろとか言うのではないだろうか。


 解決するには、そう。秘書を雇えばいいのだ。この男をブリーリゾンの本部に縛り付けられるようなとびきり美人で賢く万能な秘書を。


「作戦行動中の諜報部員ですので。ならば秘書をお雇いになっては如何でしょう」


「そんなんいらねぇよ。カネの無駄。お前が積極的にそういうのをやるのが社会なんだよ。ホラ、キューディラ貸せ。ハゲにはそれで十分だろ」


 テーブルに置いてあったキューディラにズシズシと足早に向かって来た。させてなるものか。連絡など来ていない。お前は黙ってブリーリゾンに向かえ。

 手が伸びた瞬間、私は先回りキューディラを素早く回収した。それにシバサキは首を突き出し不服な顔で睨みつけてきた。


「他所に聞かれては困る内容だそうですよ。最近商会がキューディラ同士での会話の盗み聞きに成功したらしいですので。大至急な用らしいので、とにかく一度すぐにブリーリゾンのワタベさんのところに直接顔を出してください。今すぐ。その間、セシリアの世話は私がしますから」


「……めんどくせーな。何ご意見番ヅラしてんだよ、あのハゲはよぉ。ハゲ散らかしてヅラもしねぇ脂質の塊のクセに」


 シバサキは舌打ちをした後、何かをブツブツと言った。だが、諦めが付いたのか、肩を落としてため息をすると、


「わかったよ、行ってくる。今日はレアいないんだよな。じゃ自分でポータル開くか。ンとに、めんどくせぇなぁ」


 とセシリアを地面に置いた。


 彼女はその瞬間脱兎の如く壁際に向かって走り出した。壁にぶつかるようになると両手を突き、ときどき後ろを振り返り赤くなった眼と晴れた頬でシバサキと私を交互に見つめている。壁に逃げ場がないと悟ると、今度はドアへと駆け寄り力一杯手を伸ばしてドアノブに手を伸ばし始め、届かないとなると力むような声を上げて小さく跳びはね始めた。

 待ちなさい、待ちなさい、出て行くのも危ない、と横目で彼女を追いながらまたしても口先だけでシバサキに言付けをした。


「その方が早いでしょうね。ワタベさんはいつもの街中の警備に出かけたそうです。お気を付けて」


「はぁぁぁぁぁぁ!? 人のこと呼び出しといて外出してるとかふざけてんだろ! お前も何で引き留めとかないんだよ! マジでバカばっかでやってらんねーな!」

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