トリックスターの悲劇 第六話
「こんなに泣きわめいてしまって……。イズミに抱っこされるのがあまりにも嫌だったのだね。僕に抱っこされて安心して、気持ちが緩んでしまったんだね」
「ス、ソウデスカァ。ハ、ハハァ……」
自信にみなぎった顔をしているシバサキに私は裏返りそうな声を抑えて吐息のように、そうですか、と言うことしか出来なかった。
「おうよしよし。これからはおじさんと毎日楽しく過ごそうね。美味しいご飯もたくさん食べさせてあげるよ」
シバサキは真っ赤になったセシリアの鼻先を人差し指で軽く突いた。セシリアは窓ガラスがびりびりと揺れそうなほどの悲鳴を上げた。
私はまたしても目眩に襲われた。
しかし、今起きている目眩はセシリアの断末魔のような悲鳴によるものではなく、シバサキのしたことへの混乱によるものだとすぐにわかった。
膝が笑いだし入り口のドア枠にもたれ掛かかり、頭も重くなり耐えきれず髪の毛を持ち上げるように抱えてしまった。
まずい、まずい、まずい。緊急事態が発生してしまった。
シバサキは、まさかするはずもないと思っていた一番愚かな行為を、さも最善策かのようにやってしまったのだ。
どうしたものか。このままではまずい。なんとかしなければ。
シバサキがどれだけ誘拐ではない、救助だ、と言ったところで、そして私がどれほどイズミさんたちに釈明したところで、他の勢力はどこも誘拐したとしか受け取らない。見ず知らずの赤の他人でさえ、この泣き方を見れば一目瞭然だ。
激高したイズミさんが見境無くセシリアを取り戻しに来るのは違いない。彼一人でも十分脅威だが、彼の傍には同等かそれ以上の潜在的脅威たるアニエスさんがいる。彼女は“レッドヘックス・ジーシャス計画”のために過度に刺激するわけにはいかない。
無論、脅威は彼女たちだけではない。
例の正体不明の民間団体も北公も、最悪の場合はブルゼイ族たちまでも敵に回すことになる。児童誘拐についての情報操作は私たち聖なる虹の橋が徹底して行えばいい。しかし、直接的に黄金探しに参加していないユニオンや共和国は、敵対国の揚げ足を取る為にイズミさんからもたらされた話を信じてしまう。
それでは連盟政府完全包囲網ができあがってしまう。まだ黄金を手に入れてもいないというのに、まだ、まだそれは早い! 早過ぎる!
どうすればいい。
私は冷静を取り戻す為に絶望的泣き声を心からシャットアウトし、視界に広がったドア枠の木目の数を数えた。乾ききった木材はひび割れて、ほこりっぽい匂いに混じりアカシアの香りがする。
そうだ。まずはこの場所からシバサキを一時的に離れさせよう。
壁についていた片手を上げて姿勢を直し、シバサキの方へと振り返った。そして、作り込んだ微笑みを彼に投げかけた。




