トリックスターの悲劇 第四話
評価云々、野心云々の前に立ち塞がるその最低限のことを確実に済ませるには、あなたに何もさせないことが第一条件なのです。タバコでも女遊びでもして、職務には一切首を突っ込まないでくださいな。連盟政府のために何もしないでください。
本来、司長のするべき仕事を私がしていると、まるで私が聖なる虹の橋のトップみたいですわ、と都合良くは行かない。最低限のことが多いのでそこまで野心を回すことが出来ないのだ。野心も何も、私は連盟政府のために動く者。私の杖の軸である馬酔木の花言葉は「あなたと二人旅をしましょう」。人生という旅路は連盟政府と一心同体なのだ。
「いってらっしゃいませ、サー・支柱司長、シバサキ」
裏返った高い声でシバサキの背中にそう呼びかけた。そして、そのまま戻ってこなくても私たちは一向に構いませんよ。と間を開けるように微笑みかけた。
しかし、これは大きな間違いであった。
外に出れば何かをやらかしてしまうその男が、先ほどまさに血塗れで帰ってきたことを私は考えていなかったのだ。
ブリーリゾンの本部でもキレ散らかした後に突然外出したかと思うと、その外出先で何かしらの問題を起こして戻ってくるのはいつも通りであり、もはや止めようがなくなって誰もが放置していた。それどころか、やらかしの後始末部隊という、単独行動の原理に障りかねない部隊も支柱たちの間で秘密裡に結成されているほどだ。
私はイズミさんたちとある約束を交わしている。それは黄金探しの鍵たる彼らを保護するための約束で、嘘と暗闇の中で生きる私たち諜報部といえど反故にすることは決して出来ない。約束の内容は、“黄金が発見されるまでは聖なる虹の橋の代表として私が単身でクライナ・シーニャトチカにいなければいけない”というものだ。
他の支柱たちはこの黄金探しに介入することを一切許されておらず、そこにある責任は全て私一人が負うということだ。つまり、例の後始末部隊もおらず、何かが起きたときに後始末をする者も私一人しかいないと言うことだ。(モットラは今ムーバリであり、聖なる虹の橋ではない)。
もちろん、ある程度のリスクは承知の上で私はそれを仰せつかった。
しかし、思えばそれは私に一人では重荷だったかもしれない。シバサキという男は、そのリスクマネジメントという有刺鉄線を素手で引きちぎるようなことを容易くしでかすのだ。
書類に筆を落としながらもそのすっきりしないような感覚に浮ついていると、万年筆が突然インクを思い切り吐き出してしまった。
慌ててペンを置いて書類を避けると、今度はインクを瓶ごと倒してしまった。どれほど漏れたのだろうか、避けた紙の上に黒い線は流れ、やがてインクは端にいたり床に滴った。その黒く滴る水にはない粘り気のあるしずくを目で追っていると、窓も開いていないのに背筋から肩に寒い何かを感じた。
これは凶兆ではないだろうか。だが、安易なジンクスなどを信じるのは研究者であり諜報部員でもある私にとっては非効率的すぎる。まさかと思いつつも、インクを拭き取り作業を再開した。
しかし、それがまさかではないことに、私は五分もしないうちに気づかされることになったのだ。