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トリックスターの悲劇 第三話

 シバサキはセシリア、セシリアとブツブツ繰り返し言うと動きが止まった。そして、顎をさすりながらつま先に視線を落とした。


「子育て? それにセシリア? 何か覚えが……。まぁとにかく、僕の方が幸せに出来るのは間違いないんだ」


 何を思いだしたのかなど興味も無い。セシリアだかセシールだか、そう言った名前の子でもククーシュカの他に育てていたのだろうか。だが、名前もまともに覚えていない人間に育てることなど出来るものか。ククーシュカもすぐに施設に預けていたではないか。

 何かの思い違いか思い込みだろう。そうでなければ、その育てられた子どもが不憫だ。


 それはともかく、本当に黄金を手に入れたいというのなら、ここでシバサキはきっちり止めなければいけない。


「セシリアについては、あの三人でなければ意味がありません。それはやめておくべきです」

「じゃあ、あの赤い髪の女も連れてくればいい。あの女も一緒に僕が養ってあげれば万事解決だな。地味だがイイ女だ。豊かな暮らしをすればきっとステキになれるよ」

「イズミさんはどうするのですか?」

「知らないよ。赤髪の女もセシリアも、イズミに騙されてるんだよ。そんな悪い奴のことまで面倒見る義理はないって」


 開いた口がふさがらなかった。次の言葉が出てくるまでの間に口の中が乾ききってしまう。これでは話にならない。山のように積まれた書類の上に、ピンで留めるに分厚い紙束をさらにいくつか載せ、それをシバサキとの対角線上にあえて移動させ壁を作った。


「私は黄金を目的としています。そして、私たち聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)は単独行動が原則であることをわすれないでください」


 視界の隅に見えていた書類の壁の向こうからだんだんと足音が近づいてくると、目の前の書類の山が崩れて散らばった。作業をしている手元にも何枚かが舞い落ち、ピンから放たれてしまった紙がまだ乾ききっていない文字の上に覆い被さった。背筋を伸ばし流し目で睨みつけると、シバサキは山を崩した拳を振り下ろし机を思い切り叩いた。運悪く拳の下敷きになった書類はくしゃくしゃになっている。


「僕の指示に従わないって言うのか? 常にこの世界のために思考を回し続けているというのに。使えない部下だな。評価、マイナス十点、ででん!」

「それは残念です。あとどれくらいでクビにしていただけるのかしら?」


 任務を成功させれば生存、失敗すれば死あるのみの聖なる虹の橋(イリスとビフレスト)の組織内評価は減点方式だったかしら。点数など初めて聞いた。失敗しても赤点まで生きられるスパイというのは、ずいぶん組織も甘くなったものだ。

 これからシバサキの謎の減点が続けば、行動を共にする時間が長い私は彼の評価に影響されやすく、必然的にすぐにでも彼にとってはクビに相当する評価に落ち込むだろう。イズミさんとの約束もあるので安易にクビにされても困りものだ。


 しかし、この男にそれが出来るわけがない。


 はたき崩され机にも床にも散らばった書類は、一つにまとめるとうずたかく積み上がる。その束だけでは終わらない。その何百枚、何千枚ある束を、私をクビにしてしまった後に誰が処理するというのだ。

 瞬きもせず、視線も動かさずにシバサキの鼻の辺りを見つめ続けた。しばらくそうしていると、シバサキは気まずそうに左右を見て舌打ちをした。


「ァんだよ。僕は少し出てくる。僕がいなくても仕事全部やっとけよ? 見てないからっていい加減なコトすんなよ?」

「畏まりました」


 私は高い声でそう答えてシバサキに視線を合わせ、目を細めてにっこりと微笑みかけた。


 あなたはそうやって仕事をしないでください。あなたに任されている仕事は、私に全てお任せください。あなたに仕事をされても私の仕事が増えるだけなので。


 あなたはその司長とかいう座るだけの本革の椅子に座っているだけで良いのです。給料泥棒だなんていいません。トップの仕事は無能であることなのだから。


 ですが、私たちの仕事の邪魔をしないでください。

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