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トリックスターの悲劇 第二話

「私はその研究に携わってないのですが、結果は見させていただきましたよ。マウス千匹でやってうまく若返ったのは五匹。その子たちも骨格が維持できない、胸腺肥大、歯牙欠損、繰り返す心房細動、大動脈と肺動脈の短絡、関節の骨化、大網と内部臓器の幼若化時間差による小腸、大腸、回腸の閉塞や癒着……様々な症状を呈した挙げ句、衰弱してすぐに死んでしまったらしいではないですか。やり方はともかく、現実的ではありません」


(大網……? 今さらよく考えると変ね。マウスにしては随分具体的なデータね。改変マウスよね、きっと)


「進歩とは常にそういうものだぞ。よく言うだろ。『科学の発展に犠牲はつきものだ』てな。一個でもうまくいったから論文にして出す。結果が出た後にどうなったかなんて関係なくて、うまくいった結果だけを世間に見せびらかすのは、お前たち研究者たちの業界もしてるじゃないか。五匹でも若返りはうまくいったんだろ? それ即ち成功なんだよ」


 聞き捨てならないシバサキの言葉に思わずペンを止めてしまった。面倒なことになるとわかっていたにもかかわらず、私はシバサキを思いきり睨みつけてしまった。研究者の端くれ、しかも元ではあるが、日夜を費やして結果を出す立場としては、言われた言葉に我慢が出来ないのだ。


「……“有意”の意味を知らず、研究もしたことがない人間は外野から何とでも言えますからね」


「いいや、僕はこの世界よりももっと科学の研究が進んだ世界から来たんだ。科学は日常に結びついていたんだから、僕の言うことが正しいに決まってる。ピペットなんか握らなくても、正しい科学の知識を得られる機会に恵まれてたんだよ」


 シバサキは腕を組んで感慨深そうに頷いている。

 この男はそういう男だ。これ以上何かを言うのは本当に無駄でしかない。力のこもった手の中でミシミシと音を上げていた万年筆から手を離し、自分にそう言い聞かせて再び書類に眼を戻した。


「そうですか。いずれにせよ失敗したのだからその話は置いて、もっと現実的な話をしましょう。司長はセシリアを攫った後どうするおつもりですか?」


「君は質問をする前に、それが当たり前か否かを考えた方がいいよ。僕が面倒をしっかり見て、黄金のことについて自分から話して貰うんだ」


 私がしようとしていることとは明らかに方向性が違う。そもそもそのようなことが可能なわけがない。このような無責任な男に子育てなど不可能だ。顔を書類に向けたまま、目をつぶった。


「司長はあの三人を見ていましたか?」


「その、えーと、セ、セ……、セシリアとか呼ばれている女の子はとても可哀想だ。この間の廃墟でも辛そうな顔をしていたじゃないか。君も見ただろう? それにイズミとか言うあんな仕事をしない無責任でどうしようもない人間に子どもを立派に育てられるわけがない。今後が心配だ。

 だからこそ、貴族にまで実力で上り詰めて今も裕福でこれからもさらに上を目指す優秀な僕に育てられるべきなんだよ。こう見えて、僕は短い間子育てをしていたんだぞ? ん……? セシリア……?」

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