愛はいなずまのように 最終話
シンヤがシバサキを殴って、ユリナが死にかけのシバサキを木の棒でツンツンつついて、そして最後に血塗れになったシバサキはシンヤに引きずり出されていく。そして私は、そこまでしなくても、とシバサキにほんの少しだけ同情する――。
目の前で繰り広げられた光景は、頭の中で石灰化し始めた記憶の領域に血を流れ込ませて、その勢いに押し広げられていく血管に伴って身体全体に膨らむようなときめきと爽快感を与えた。
二十年近く前の光景がつい昨日のことのようによみがえる。その一方で、昨日のことのようなのにまるで二十数年待ちわびていたようなその光景。
既視感よりももっと強烈に胸を熱くするような懐かしさをもたらしてくれた。
それにしても、このところは懐かしい奴らばかり顔を揃える。考えたくもないが、もしかするとお迎えが近いのではないだろうか。
イズミとか言う洟垂れ小僧がブルゼイ族の女を連れてきて、それをきっかけにして自我を取り戻して以降は、毎日記憶を辿ろうと必死だった。些細なことでも思い出せないことがあると痛くもないのに頭痛に苛まれるような気がして、狂ったまま死んでいってしまえば楽だったかもしれないと思った日もあった。
だが、やがてメリザンドという愛娘の名前も思い出せたし、さらにブルゼイ族関連で新しい仕事まで来た。それも長年研究していたはずの私ですら知らないことを調べろと言う依頼だ。
まだ意地汚く生きようと目的を見つけてしまったというのに、寿命が近いというのは残酷ではないか。この仕事が人生の集大成とでも言うのだろうか。不吉なことに、そういうものはだいたい絶筆になる。
――否、神が死ねと言っても、私はその仕事をやり遂げるまでは死なない。
それに、懐かしい顔ぶれが次々と訪問してくるというは、今味わったようなすがすがしい懐かしさを与えてくれるので鬱陶しさもあるが本音を言えば心が躍る。
死ぬ直前に昔の知り合いが尋ねてくるようになるなどというのは、老い先短いことに哀れんだ自らを慰めるために偶然を必然だと思い込んでいるにすぎない。死に損ないが粋がって思い残すことはないと言ったところで、やはり死はとこしえの別れ。親しい者と会えなくなるのが寂しいと思うのは誰しもそうなのだ。
そうだと理解していたとしても無意識をそれが支配するなら、こちらから出向いてしまおう。死ぬ、死なない、その二つではなく、純粋に私はどうしたいかに従ってみよう。
目を閉じタバコを思い切り吸い込んだ。胸いっぱいに膨らませたところで息を止めて目を開けると、今にもタバコが私の指を焼こうとしている。
オレンジの熱気を指に感じながら、タバコを壁の石に押しつけて消した。
「護衛の……ジューリアっつたか。頼みがあるんだが」
砂時計の砂のだまはいつしか崩れ、全てを落としきっていた。オリフィスの上で透明の小さなビー玉が顔を出し、私を逆さまに映し出している。
砂を詰まらせるようなそれをわざと入れたのは、自分だったことを思い出した。