愛はいなずまのように 第十話
拳に遅れて本体が現れると、それは護衛のウィンストンだった。殴り飛ばしたシバサキに近づき首を持ち上げた。脳震盪を起こしたシバサキの様子を片眉を上げて睨みを利かせるように確認すると無造作に床に放り、手をパンパンと叩いて埃を払った。
「過剰な監視を防ぐために介入は見送っていましたが、今のは些かやり過ぎかと思いましてな」
「何をしようと勝手だが、壁を壊さんでおくれ。寒いじゃあないか」
ウィンストンは壊れて床に転がる壁材を見て、眉をしかめて後頭部を押さえた。
「む、これは失礼。あとでイズミ殿に頼みましょうぞ」
「またあの洟垂れ小僧か、はっは。あいつは便利な工務店か何かなのかい」
崩れた壁からもう一人の護衛であるジューリアが顔を出して覗き込み左右を見回した後に家の中へと入ってきた。下に向けていた筒状の武器をホルダーに仕舞うと、床にうつ伏せに転がるシバサキをつま先で蹴り上げるように仰向けにした。そして、その前で屈み込み人差し指でシバサキの睫毛を触った。それに反応し首を傾ける様に動いたシバサキを見ると、ウィンストンを見上げた。
「まだ意識があるね。もう何発か、ブチ殺すつもりでブン殴って完全に意識を飛ばせ。奥方の話では、この男はどれだけ殴っても死なないそうだ。その後、クロエとかいう眼鏡女のところに届けておやり。あの女は多少なりと話は出来るようだから、ナントカするだろさ」
「ジューリアは冷たいですなぁ。不死身なら銃でこめかみを撃ち抜いてはどうだ。その方が早いではないか」
「馬鹿タレが。汚らしい。不死身でも血は出るらしいから、ドアタマぶち抜いたらエルメンガルト殿の家が汚れる。いくら私がお掃除が得意なギンスブルグの女中でも、飛び散ったグレープフルーツとダチョウの卵の殻の処理はごめん被りたいね。それにこっちじゃ弾の一発でも惜しい」
「ふむ、それもそうですな」
ウィンストンが「しかし、その例えは勘弁して欲しいものだ。食べられなくなるではないか」と何かをブツブツ言いながら背中を向けると、鈍い音を何度か響かせ血を飛び散らせた。拳が動きぐもぐもと低い音を立てるのに合わせて、ウィンストンの影で隠れなかったシバサキの手足がビクビクと痙攣しているのが見えている。その反応も薄くなると、そのままシバサキは床に赤黒い線を残して外へと引きずり出されていった。
「ところで、私はクロエがどこにいるかなど存じませんが……。まぁ、不死身なら寒空に放って置いても死にますまい。ジューリア、五分ほどエルメンガルト殿を頼みますぞ」
ドアを抜けて外の光に目を細めていたウィンストンが振り向きながらそう尋ねると、ジューリアはそれに右手を挙げ、「どこでもいいから放っておやり。きっと勝手に何とかするさ。私には片付けがある」と答えて顎を動かして血の付いた床と壁を指した。
ウィンストンは素っ気なさのある返事に口をへの字に曲げて、家の前からいなくなった。
さすがの私も、誰も愛したことのない男とはいえこの仕打ちはやり過ぎに見えしまい、可哀想だとも思った。(愛したことのない男故なのかもしれないが)。
だが、可哀想な光景だけでなく、私が向けるその同情にもどこか懐かしい感覚がある。