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愛はいなずまのように 第九話

「真っ直ぐで自信に溢れていて、スケコマシのクソ野郎だったが、誰よりも世界のことを気にかけていた。それでいて危なっかしくどんな危険にも突っ込んでいった。ただスケコマシなだけじゃなくて、世界そのものに深い愛情があったんだよ。だから女が寄ってくるんだろ」


 ふっと鼻で笑うだけのつもりが、思い出してしまい笑いがこぼれてしまった。こみ上げる笑いでタバコを落としてしまいそうになり、震えはじめた人差し指と中指で支えるようにタバコを持った。


「愛されてなくても、私にはあいつを愛するだけの理由があったのさ。あいつはこの世界を愛して、誰よりも良くしようとしていた。その愛した世界に私も含まれていると幸せだがね、ふふっ」


 肩が上下して灰をボトリと床に落としてしまったのでそれを消そうと足で踏み躙ると、床が焦げて黒くなってしまった。指の間で半分だけになったタバコの火は赤くなり、すでに消えかけている。


「少なくとも私が向けた愛はホンモノさ。愛したから愛されなければいけないなんて、誰が決めたんだい?」


 黙り込んだままシバサキの方へタバコの箱を向けて、まくるように手を動かしタバコを一本差し出した。


「ホレ、吸ってけ。イスペイネ……ああ、今はユニオンか。そこの最高級品らしいぞ。あんたさん、確か、喫煙者だったろ」


 シバサキは顔の前に差し出された箱と私の顔を交互に見ると歯を食いしばりわなわなと震えだした。そして、一本だけではなく箱ごとぶんどった。中から一本取りだして口にくわえると、先端を突き出してきた。点けろというのだろうか。点けないとまた文句を垂れるので厄介だ。先ほど自分にやったように、杖を小突いて点けてやった。

 私も消えかけていたタバコを改めて咥え直し、大きな一口を吸い込んだ。同時にシバサキも吸い込むと間に沈黙が訪れ、その中で二人タバコの先を黄色く光らせて煙をくゆらせた。


 そのまましばらく静まりかえりタバコの先の明滅を二、三度繰り返した後、私はふとシンヤの言葉を思い出していた。


「そういや、あいつぁ、」


 薬指と中指でタバコを持ち上げ、口から離して短くなったタバコを見つめながら言った。


「私のタバコをのむところだけはどうしても好きになれないって、言ってたよなぁ」


 見る度に小さくなっていく紙筒に、口を付ければ思い出す。


 そこ“だけ”が嫌いと言うことは、それ以外は全て愛してくれていたのではないだろうか。そう思って、その声がますます聞きたかった。

 それに、何をしても怒らなかったあいつが一つだけ怒ったそれは、私を心配してくれているようで嬉しかったからだ。


 だから、私はタバコを吸うのを辞めなかった。辞めたくなかった。

 ――いつまでも、心配して欲しかったから。


 うっかり開けた記憶の引き出しからこぼれ出た言葉を聞いたシバサキはタバコを咥えたまま固まった。そして、長く伸びていた灰をボトリと落とした。落ちた灰が床に落ちるよりも早く拳と額に筋を立て始め、やがて震え始めた。やがて震えは大きくなり、すぐにピークを迎えたのか、ピタリと止まった。


「感慨深そうな面すんじゃねぇ! 不愉快だ、バケモンがぁ!」


 同時にシバサキは突然火の付いたタバコを握り潰して地面に投げ捨て、私の胸ぐらを掴もうと迫ってきた。

 挑発したつもりはないが、シンヤの話はシバサキの神経を逆撫でてしまったようだ。言えばいきり立つというのはどこかで分かっていたのというのは否定できない。だが、それでも言わずにはいられなかった。


 シバサキは喉元を掴もうとしていて真っ直ぐ右手を伸ばし、掴み上げて左手で殴ろうとしているのだろう。左拳を高く振り上げている。

 反射で咄嗟に両手を前に出したが、シバサキの方が速い。もう首は掴まれるだろう、そう思って諦めて目をつぶり歯を食いしばった。

 しかし、そのとき横の壁が壊れて大きな握りこぶしが目の前を通過し、シバサキの顔面を殴り飛ばしたのだ。


「エルメンガルト殿、ご無事ですかな?」

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