弓兵さんはバズりたい 第二話
職業会館で任務を受ける時、チームメンバーが総勢九人になったから難易度の高い依頼を受けてみようとシバサキは提案した。会館入り口を入ってすぐ横にある依頼票の張り付けられたボードの向かいに仁王立ちすると、他の票に埋もれかけた一枚を勢いよく指さした。
その依頼は討伐任務で、ノルデンヴィズではかなり高難易度で誰もやらずに長いこと放置されていたものだ。他の票に隠れて日にあたらなかった部分の紙の色が若い。提示されている報酬は何度か値上げされたのか数値に線が引いてあり、その上に赤い文字で倍以上の額に修正されていた。
その値は単純計算で、俺が以前設定した全員の固定給の何倍かは得られる。一見ノルデンヴィズ基準では高収入で非常に魅力的だが、そこまで放置され値上がりするのは何か理由がありそうだ。
意気込むシバサキは特に誰かに同意を得るわけでもなく、鼻息を荒くしてすたすたと受付へ向かい任務を申請した。誰もが何かあるだろうと思っていたことは間違いないが、誰一人反対することはなかった。
若手が何か言えば逆上するのは明らかで、ワタベは相変わらずうんうんと笑顔で頷くだけで、ククーシュカに至ってはぼんやり窓の外を見ている。後者二人にはどうでもいいことのようだ。俺自身シバサキの相手は面倒くささ故に何も意見しなかったので、誰かが悪いという話はしたくない。あとで誰が悪いと言う話にならないといいが。
すぐに出発し俺たちがたどりついたのは、町を抜けて五分程歩いたところにある鬱蒼とした森だ。
ノルデンヴィズに住んでそれなりに長いが、俺は一度もそこは訪れたことはない。街道もその森を迂回しているし、その街道も旧道となり人通りも少なくやや荒れ始めている。
そこに到着して、なぜ誰もこれまで受けなかったのかわかったような気がした。おそらく、近い町への被害が出たときや、旧道とはいえ少数でも利用者のいる街道が破壊されたときに修理をしなければいけない。町や街道の修繕費を考えると、どれだけ高難易度で高額な報酬を貰えたとしても、復旧にかかる費用が討伐報酬と補償金を合わせても足りないくらいになるからだろう。ハイリスクマイナスリターンになる可能性も高い。(いつぞやの寂れた橋の件を彷彿とさせる)。それに討伐対象の敵もこちらから刺激を与えない限り、行動を起こす気配はないので緊急性が無いから誰も触らなかったのだろう。
指定された森の前に着くなり、作戦会議が始まった。
「良い作戦がある。遠距離攻撃できる弓兵がいて、人数もだいぶ増えた。カトウが弓を撃ったら僕が突っ込む! そして一気にがーっとだーっと片づけるぞ! ワタベさんもいるし多少のけがは承知の上だ!よし! イケる!」
シバサキは胸の前でぐっと拳を握った。
「おっしゃー! 気合入れて行くぞー!」
「おー!」
と応えたのはカトウ一人だった。
「カトウ、所定の位置について僕が合図したら弓を―――ってあれ? どこ行った?」
「こんな雑魚、オレのナイフで簡単に倒せるッス! やああああ!」
鬨を上げたカトウが森の中に土埃を上げて突進していった。両手に持ったマシェットナイフを器用に回すと、刃に陽の光が反射して光った。そして、ばさばさと枝を揺らし中に入ると、全身にびりびりと響くような咆哮が中から聞こえた。
「あっ、待っ! おいいいい! なにやってんだバカたれがー! ひっこめー! てめぇ弓兵だろ!? 目立ってんじゃねェー!」
猪突猛進するカトウの背中を二度見したシバサキは慌てて森の中へ追いかけて行った。二人が森の木々の合間に消えた後、怒号は止みその代わりに金属がぶつかったり擦れたりする音が響いてきた。森の中で敵と戦う二人の姿は俺たちに全く見えない。しばらくの間、そんな状態が続いた。再び森の中から怒号が聞こえ始めた。
「うおおおお! 思ったより強いッス! ここは下がるッス!」
「いまさらだボッケェー! さっさと下がってろ! クッソバカーっ!」
再びがさがさと草木の擦れる音がして話し声は止んだ。
「おし、カトウ! 今だ! 頭を打ち抜け!」
弓を射たのか、空を切る音が何回か聞こえた。
「ってうああああああああ!? いっっっってぇーーーー! テメェだれ撃ってんだコラァ!!」
「ああっ!ゴメンナサイっす!! シバサキさん撃ってしまったッス!! マジ、ごめんなさいッス!」
聞こえてくるやり取りから察するに、カトウの狙いが悪くシバサキを撃ってしまったようだ。直撃ではなくかすったのだろう。どうやらカトウは弓もナイフもどちらも中途半端なようだ。
森の外で待機していたワタベが、なに!? と言うと、すっくと立ち上がった。
「シバサキくん、シバサキくん! 怪我をしたんだね!? そうなんだね!? 今すぐ治療するから待っていてくれよ! わしがいくぞおおおお! メディィィィック!」
どたばたと緊張感のない走り方で森の中へがさがさと入っていった。
森の中はどうやらひどいありさまのようだ。俺たち元イズミチームのメンバーは森の外で待機を指示され荷物番をしていた。シバサキいわく、まずは先輩たちの戦い方を見て技術を盗めとのことだ。またしても初陣から戦いに参加できないという、悔しさに下唇を噛みきってしまいそうな状況だ。
しかしもしかしたら、それはそれでよかったのではないだろうか。思いっきりフレンドリーファイアする弓兵の前で戦いたくはないし、追い詰められた中年勇者も何をしだすかわからない。これまでの経験からすると森に火を放つとか言いかねない。
仲間の窮地なのですぐにでも助けに行くべきなのかもしれないが、巻き添えを食らいそうなのでリーダーの指示に従うことにした。誰も何も言わずに森の方向を見つめている。かたずの飲んで見守ると言うよりも、これ大丈夫なの?みたいな胸のあたりがざわついた不安な表情を見せている。ときどき聞こえる金属音と新たに加わった魔法の音で、様子の見えない森の中のわちゃわちゃとした空気が伝わってくる。
しかし、木々ががさがさと揺れだし、何かたくさん生き物が移動してくる音がした。荷物番をしていた一同に緊張が走る。次第にそれは大きくなり、地面が揺れ始めた。
ついに暗い森から何かが飛び出してきたのだ。四足歩行でイノシシか何かが大きくなり凶悪な牙をもったような姿のそれは、よく目にする動物とは明らかに違う。
その時になって初めて俺たちは敵の姿を見た。一匹だけではなくあとからあとから何匹も出てきた。森の中での大騒ぎに驚いた敵の群れが逃げるように出てきてしまったようだ。一心不乱にまっすぐ進み続ける魔物たちの先には町がある。もしそのまま真っ直ぐ進めば町に到達して被害を出してしまう。
「多い! カミュ、どれくらいだ!?」
カミュは額に手を当て、目を細めた。
「20、いや30はいる! 後方は砂埃に隠れて見えない! もっといるかもしれない! 止めなければ私たちだけでなく町にまで入る!」
「イズミくん、止めるぞ!」
俺も杖を構え、出来る限り周りを壊さずに一度に吹き飛ばす魔法を唱えることにした。アンネリにその誤差の修正を頼んだ。
俺が撃てば群れは分裂する。それに備えてカミュとレアは左右二方向に分かれる準備を、オージーはカミュほどパワーとリーチのないレアのサポートを指示した。
接 触まではまだ距離があり、つばを飲み込み、タイミングを計った。
しかし、視界の中心にある魔法の射程圏内に突如として人影が現れた。それはこれまで何もしなかったクク―シュカだった。何も持たない状態で敵の群れの方向へ歩いている。
「あれ大丈夫なの!?」
俺の横で誤差修正をするアンネリが声を上げた。敵と自分たちの対角線上に立つ彼女がいては魔法を撃つことが出来ない。
「大丈夫じゃない! 何とかしないと危ないのは彼女だけじゃない!」
下がれと声を上げても聞こえている気配がない。このまま魔法を唱え彼女ごと吹き飛ばすなどできない。
もはや衝突は免れない。それに防衛線は目前だ。目の前でククーシュカが飛ばされてしまうと同時に魔法を唱えるしかない。彼女を諦めかけたその時だ。大きな何かが彼女の手に現れた。
すぐさまそれを掲げ、目にもとまらぬ速さで振り下ろすと目の前に迫っていた数匹の敵が血しぶきと土くれとともにふき飛んだ。その刹那に見えたそれの柄は長く先端には斧のような刃が付いていた。
後方へ吹き飛ぶ死骸と血しぶきを避けるように敵は二手に分かれた。逃すまいと彼女は先ほどよりもさらに素早くその武器を振り、左右を抜けようとする敵を引き裂いた。
予想外の彼女の速さに群れは散り散りになって逃げ回りだした。方向を変えて逃げようとする敵に死体を蹴りとばしぶつけ、さらに追い打ちをかけるように武器で叩ききる。森へ逃げ込もうとした敵の背中をむんずと掴み、ゆっくり持ち上げるとそのまま暴れる首をはねた。離れた胴体から立ち上がる血霧の中で見えた彼女の顔はひくひくと口角が動いていた。ぴくぴくと動く死体をまじまじと見つめた後、その塊を投げ捨てた。
討伐、というよりも殺戮が終わると、ククーシュカは死骸の山に背を向け、武器を引きずりながら戻ってきた。ずるずると引きずられるそれは不規則な血の線を地面に描いている。彼女の開いた瞳孔は冷たく、真っ赤になった白い髪の毛先から血のしずくが滴り、顔には鮮血がついていた。それを拭おうともしない彼女からは人のものではない土のような、粗野な生き物の血の匂いがした。獣の死骸の匂いだった。
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