愛はいなずまのように 第八話
「悲しいねぇ」
「ざまあみろ。だから僕の言うことに従えば良いんだよ。最初から素直になっていればよかったものを」
「悲しくて、悲しくて」
懐かしさでいっぱいになったせいとこの男を哀れむ気持ち、様々な感情が入り乱れて流れ出した涙はまだ止まっていないというのに、笑いが起きてしまった。
「笑えてきたよ。あんたみたいに大人になれないヤツはどれだけ時代が進んでもいるもんなんだねぇ」
「まだそんな強がり言い続けるのか」
震えで杖先の狙いはすでに狂い、腕を上げ続けることに疲れた私は、杖を下ろし壁に立てかけた。そして、ゆっくりシバサキを見つめた。
「あんたぁ……、人のこと愛した記憶無いだろ? 童貞か?」
「んだとふざけんなよ!? 僕は最強の力を女神様から貰ってるんだぞ! そんなことあるワケがない! 世界で一番愛されている僕が正しいんだ! 素晴らしい力を使って世界を救って、いろんな人から求められる僕が童貞なわけないだろ! お前の愛の考え方が間違ってんだよ! 愛の数で言えば僕の方が何千倍も多い。数が多い方が正しいっていうのは、宇宙が出来たときから決まってるんだよ」
それはあんた自身の力じゃないだろう、と言えばまたいきり立つのは目に見えている。私は何も言わなかった。
ガキだねぇ。あの頃と何一つ変わっちゃいない。若返るつもりは毛頭無いが、こいつを見ているとまるであの頃に戻ったような気分だ。
「そうさなぁ……」
ポケットからユニオン・アマランタを取り出した。くしゃくしゃに潰れた箱には残り三本ほどだ。そこから一本取りだそうとしたが、手が震えてうまくとれなかった。箱の口を引き裂いて開き、摘まむように取り出した。力が入り少し楕円になった吸い口を咥えた。
「間違ってたかもなぁ」
ポケットに手を入れたが、ライターがない。首を回して探すと机の上に転がっていた。撮りに行くのは面倒なので、一度置いた杖に手を伸ばし、杖の先を人差し指で小突くとタバコの先が赤くなった。
「愛の形はたくさんあるなんて言い訳もしない。子どもができたからと言って、自分だけが深く愛されたとも言えない」
壁により掛かり、頭を付けて天井を見た。
アマランタの香りは甘みが強い。昔吸っていたスパラティーボ・イスペイネの名前が変わっただけと聞いていたが、それよりも遙かに甘みが強いのだ。
「あいつの何が好きだったのか」
吸い込むと同時に駆け抜ける目眩がするほどの甘さと舌と喉の奥が焼けるような感覚を探り、シンヤのことを思い出した。
「簡単さ」
シバサキは何も言わずに、眉間に皺を寄せたまま私とタバコの煙を睨みつけている。
「あいつの生き様が好きだったんだよ」