愛はいなずまのように 第六話
「とにかくお断りだ。私はシンヤとの思い出も、政府にダメにされた何年間もの記憶も忘れたくない。このまま持って老いて死んじまって、墓の下で思い出してニヤニヤしたり腹立てたりして楽しく過ごす予定なんだよ。アンタが何を言おうと、私は今でもシンヤを愛しているんだよ」
「なんだよ! どいつもこいつも自分の利益だけを考えやがって! 何が愛だよ! そんな自分一人が良ければいい思い込みじゃないか!」
「ああそうだよ。私自身の幸せのために言ってんだよ。私のシンヤに愛された記憶はかけがえの無いものだ。アンタの言うとおり、私だけにとってのな。私の幸せのために困るのがアンタ一人だけなら、私は自分のしたいようにするだけさね」
言い返すとシバサキは頭を抱えたまま騒ぎ立て、ついに床をゴロゴロ転がり始めた。どれほど暴れようが私は無視を続け、そして騒ぎ立てる猛獣のような声に負けないように大声を出してさらに付け加えた。
「若返っちまったら、これまでの二十年分を否定することになる。あんたは今、私の人生はブルゼイ史の研究のせいでダメになったと言ったね。バカを言うんじゃないよ。それこそが私の研究の持つ影響力を何よりも示した証拠だ。記憶をなくしちまったら、自分の成果まで否定しちまうんだよ。少なくとも私が全力で愛したシンヤは言ったさ。“俺様の生き様を否定するな”ってな」
私はシバサキの方へ杖を向け、邪魔者を払うように再び強く振った。
「だからお断りだ! さっさと失せな、子どもオヤジ!」
寝そべり手足でバンバンと地面を叩き続けているシバサキに近づき、地面に突き刺すように杖先を鼻の目の前につきだした。
「それにアンタは私を若返らせることはできない。私が望んでもな」
見下ろしながらそう言うと、シバサキの地団駄は突然ピタリと止まった。そして、頭を抱えていた腕の隙間から視線だけをこちらに向けた。
「君は僕の女神から授かった偉大な力を信じないのかい。無理もないか。超常の力だもんな。奇跡のような存在はときに不信を招いてしまうからな」
「いや、信じてもいないが、出来てもやるまい」
私が重ねて否定すると、隙間から見えていた目が笑い出した。それに私も微笑み返した。
「僕は万能なんだ。やらない理由は君自身の拒否以外にはないよ」
「いいや、アンタには絶対にできっこない。なぜか聞きたいかい?」
私はゆっくりと左手をこめかみの辺りに持っていき、そして人差し指で叩いて見せた。
「記憶がなくなっちまったら、大好きな黄金に繋がる二十年分の知識までなくなっちまうからな! はっはっは!」
見下ろしたまま微笑みを大きくしていき、そして笑い飛ばしてやった。するとシバサキはそのまま動かなくなり、瞬きさえしなくなった。いい年こいて地団駄を踏む子どもオヤジにも、それがどういうことかさすがに理解できたようだ。杖を鼻先から放し、部屋の奥へと振り返った。
「わかったらさっさと失せな」
まるでガキが物に当たるような大きな音が聞こえたので、私は振り向き再びシバサキの方へと杖先を向けた。するとシバサキは身体を仰け反らせて壁を力任せに蹴って立ち上がり、ずしずし無表情で迫ってきていた。そして、杖に怯えて立ち止まることなく近づくと杖の先端を握り、まるで折ろうとしているかのように力を込めて押し返してきた。