愛はいなずまのように 第四話
私は、伸びてきた右手の掌の真ん中に杖先を突き立てた。シバサキの掌は白く軟らかく、押しつけると杖先が少しばかり食い込んだ。
「だが、アンタとやり直すのはまっぴらごめんだね」
そして、そのまま杖で刺すように右手を押し返した。黄色い魔方陣はシバサキの掌に接していて、今ここで魔法を放てばその右掌を血肉の塊に変えることが出来る。
シバサキもそれを理解したのか、押しつけられている杖に抵抗することはなく、ゆっくりと腕を下げていった。そして、腕が完全に下がると私は再び距離を取った。
「昔から君はそうだね。照れなくて良いんだよ。素直になりなさい」
シバサキは離れていく私と自分の手を交互に見つめると、悲しげな顔になった。そして、下を向くと左手でまだ持っていた砂時計をいじり始めた。
砂時計はくるくると摘ままれて回転させられた後、砂の残りが多い方を上にされた。時の流れを乱されて止まっていた赤い砂は小さなオリフィスを伝い再び動き出した。
シバサキは砂時計を棚の上にゆっくりと置き直した。
「やり直そう。黄金を探す時間も増える。若返って持て余した体力の全てを使い尽くし、そして望むだけで手に入れられなかった全てを手にして、若さを楽しむだけ楽しんだ後に、二人で一緒に冒険を楽しみながら探そう」
「なんだ、結局黄金か」
「ああ、そうさ。君とのプレシャスな時間を過ごす為には必要になる。若返ると生きる時間も感じる時間も長くなるだろう。その長い長い時間生きるにはお金がどうしても必要になるんだよ。そのための、僕たちの黄金だ。元はと言えば黄金は僕の所有物だ。それを生活に充てるのの何が悪いというんだい?」
「そうかい……。それは素晴らしい話じゃないか。若くして時間だけでなく金まで手に入れられることがどれほど幸せか、私にゃわからないほどのモンだろうね」
私は杖先に先ほどよりも大きめの魔方陣を作り上げ、取った距離を再び詰め始めた。そして、軋む床の音を噛みしめるように一歩一歩慎重にすり足で近づき、シバサキの胸に杖先を突きつけた。
「だがな、あんたはその黄金をどうやって見つけるんだい? 持ち物だという癖に所在地もわからないんだろ?」
杖先から返ってくる力をさらに押し返し、食い込ませるようにした。シバサキは痛みがあるのか、眉間を僅かに動かしている。
「それが不安なのかい? 大丈夫。ちゃんと場所も時期にわかる。北国の連中もイズミもユリナも、頼りない連中ばかりだがみんなみんな僕のための黄金探しに協力するという手はずになっている。みんな積極的に僕のための黄金探しに賛同してくれた。僕たちがゆっくり楽しんでいる間に一生懸命探してくれるよ」
言いかけると、あっと息をのんだ。そして、「君は優しい人だね」とニッコリと微笑んだ。
「遊んでいる間に探させるというのが気になるのかい? そんなのは全く全然気にしなくて良いんだよ。僕たちはこれまで長い年月、たゆまぬ努力を重ねて生きてきたんだ。それくらいは許されて当然だ。それとも、そのほんの少しの分け前も上げたくないって言うのかい?」
仕方なさそうな顔をしているシバサキが何を言っているのか、理解に苦しみ杖を強く胸に押しつけてしまった。
この男は何かを勘違いしているようだ。洟垂れイズミの言った言葉を自分の都合が良いように解釈している。この男のために全勢力が協力するのではなく、黄金発見までは全勢力が協力する、のはずだ。
ああ、そうだ。こいつは昔からそういう男だったな。話すほどに思い出す。
かつてもそうだった。シンヤが私と仲睦まじいのは、この男と私をくっつけるためのシンヤの演出だと言っていた。世界をどう見ればそう映るのか、勘違いでは済まされないような吐き気を催すほどの自己愛の究極凝集体だ。ある意味幸せなのかもしれないが、そう感じるのはこの男だけだ。