弓兵さんはバズりたい 第一話
「イズミさん、センパイんとこ女の子三人もいるじゃないですか? どれがイズミ先輩のカノジョなんスか?」
シバサキから解放されたあと、離れていく時にカトウは俺の横に並びわき腹を肘で小突いてきた。何を言っているのかわからず、立ち止まり彼の顔を覗き、目を見開いてしまった。このカトウと言う男は、つい三十秒くらい前まで俺と一緒に怒られていたはずなのだが。どれだけふざけた態度でシバサキに怒られていたとしても、やはり気分がいいものではない。それに終わってからも割と俺は引きずる性格だ。激しい瞬きが止まらない俺を見てカトウは続けた。
「ずるいッスよ。そうやって曖昧に答えて独り占めとか。誰か紹介してくださいッス」
確かに、俺のチームは幸運にもさまざまな美少女が一堂に会している。それがうれしくないかと言われると、そんなことはない。これまでに色恋沙汰を妄想したことはないとは言えないが、日々精一杯で妄想止まりでしかなかった。俺も四捨五入すれば三十路だ。それゆえ枯れ始めてきているのかもしれない。
ぼんやりとはぐらかし、その場をそっと離れようとすると着ている服の袖をがっちりとつかまれてしまった。力はこもっていないが、なかなか放してはくれなさそうだ。顔はニタニタと口角を上げているが目が笑っていない。どれだけお近づきになりたいのだろうか。
「えー……、いやぁ……」
これぞまさに反応に困るというやつだ。俺はまっすぐ見つめてくるカトウから視線を左右に逃がし、後頭部を掻くことしかできない。
彼の望む回答はおそらく俺には判断しかねるものだろう。彼女たちに恋愛と言う言葉は妄想止まりであり、それ以上はあまり考えられない。俺がそう決めつけているだけで、実際には妙齢(と見た目妙齢)の彼女たちがどう思っているかはわからない。
しかし、本人たちの意向がどうあれ、それを無視したまま紹介と言う名目で引き合わせようとするとうまくいってもいかなくてもチームにはギスギスとしたものが渦巻くことになるのは間違いない。誰にも口に出せない状況下での情報戦と水面下に行われている駆け引きに、紹介した方、された方以外も巻き込まれるのだ。何とかごまかせないか、回答の引き出しを探し回ったすえに混乱して引きつった俺の顔を見て、少し気色ばむカトウは裾を手から放した。
「そんなに独占したいんスか。じゃいいッスよ。オレ、自分から積極的に行くんで! うまくいっても恨みっこなしッスよ」
そう言うとカトウは颯爽と離れていった。止めなければいけない。俺が俺のハーレムを守りたいからではない。リーダー(今は違うが)である以上、チームの秩序と安寧を維持しなければいけないのだ。
では、オージーとアンネリはいいのか、と言う話になるがそれはそれだ。この二人は大丈夫だと言う確信があるからだ。二人は幼馴染であり、付き合い始めてからも以前とあまり関係性は変わっていないのだ。そして何より、この二人がそれぞれの個性を最大限に生かすには、この二人がそろっていなければいけないのだ。言い訳がましいようだが、二人で一つ、なおかつそれは二つ以上の存在なのだ。
俺たちの組織は大学のような大きなものではない。九人と言うチーム的には大所帯だが、大きな組織に比べればきわめて少人数のコミュニティだ。大学こそ数百人と人数が多く、何かの折に不仲になってもその大勢に紛れてしまえばどうと言うこともない。だが、俺たちはたったの九人だ。うまくいってもいかなくても情報は瞬時に共有され、活動に影響を与える可能性は大きいのだ。なおかつ、その影響はリスクであることの方が多い。
人の心配を全く知らないというのか、早速カトウは話しかけ始めた。
「アーンネーリさん☆」
最初に話しかけたのはアンネリだ。これでもしカトウに気移りでもしようものなら、それこそ想定外の事態になる。
「オレも掲示板機能の付いた連絡アイテム持ってるッス! アンネリさんの物より古「あっそ」」
話しかけられたアンネリは容赦なく会話をぶった切り、目もあわさず身体ごと向きを変え、すぐさまオージーの脇の下を通って背後に隠れた。
「カトウくん、すまない。アナ……、アンネリは人見知りが激しくてね」
アンネリが通ったあとも上げていたオージーの脇の下から、まるで枝をかいくぐるかのようにカトウはアンネリの顔を覗き込んだ。
「そうなんスか……。オレも話すのは苦手ッスよ。あ、もしよかったら一緒に掲示板機能使って話しないッスか?そうすれば、相手も見えないし怖くな「やだ」」
またしても話し終わる前に拒絶した。
カトウが回り込んでいる方とは反対側に野良猫のようにするりとアンネリは逃げて行った。
「ははは……」
体の周りをぐるぐる回られ、両腕を上げたままオージーはすまなそうに笑っている。
カトウは口をへの字にまげて、逃げていくアンネリを目で追っていた。
どうやら最悪の事態はなさそうだ。
「カミーユさんっ」
今度はカミュだ。
カトウはアンネリににべもなくふられてしまい、自分が何者かも伝えられずに終わったことを顧み(?)たのか、怒涛のごとくカミーユにアピールし始めた。
「オレ、カトウっていうんスよ。イズミ先輩と同じところ出身なんで、同じくらい地元に詳しいッスよ! 武器は主に弓ッス! だからカミーユさんの援護射撃もばっちりできまスよ。使えるのは弓だけじゃなくて、近接格闘も得意ッスね。近くの敵はこの二本のナイフで切りつけるッス! オレの格好、独特だと思わないッスか? 実はこれ、憧れているアニメの……あ、アニメってわかんないッスよね。演劇みたいなやつのキャラクターなんスよ。弓兵なのにナイフとかでも戦闘ができてめっちゃかっこいいんス! それから、オレ実は料理も得意なんスよ。今度機会があったら何か料理作りまスよ!なんでもつくれますから、好きな料理教えてくださいッス! そして、」
「少し」
カミュは突如遮った。そしていつもの眼差しでくわりとカトウを見つめた。いったい何を言うのか、カトウは目を輝かせて彼女の言葉を待っている。
彼女は掌をゆっくりと前に掲げ、一言付け加えた。
「黙れませんか?」
カトウのわくわくしていた気持ちが瞬時に蒸発し、二人の間に沈黙が訪れた。そして、あ、ッス、とぽつりと言いカトウは肩を落として縮んでしまった。黙るのを確認するとカミュは移動した。彼はその背中を、下唇を噛んで見送っている。カミュもあっさりと彼を切り捨てた。確かカミュは十歳くらいの男の子が好きとか言っていたのでおそらく大丈夫だろう。
「レ、レーアさん」
「はいっ、カトウさん。何かご用ですか?」
そして最後に話しかけたのはレアだ。それにしても、すごいバイタリティの持ち主だ。
「オレの名前、覚えてくれていたんスね! うれしいッス!」
名前を憶えてくれたことに感激して、これまでの失敗から完全に立ち直ったようだ。話しかける前の少し焦りの混じった瞳は元の色に戻っている。
「当然ですよ! 大事な仲間の一人なんですから!」
レアの笑顔はきらきら輝くようにまぶしく、時折見せる白い歯は輝き、星の煌めきのように愛嬌を振りまく。
「オレ、実はイズミ先輩と同じところの出身ッス!先輩は世田谷ていうところなんスけど、オレは稲城ってとこでめっちゃ近くなんスよ!」
世田谷区には狛江市のほうが近いぞ。
先ほどのカミュへの自己紹介で言うことができなかった、「そして」の後に続いていたであろう地元紹介から唐突に始まった。話を聞くレアはまぶしさこぼれる笑顔ではなく、どこか穏やかに微笑むように話を聞いている。うんうん、と優しく相槌を打ち、カトウが話し終わるとゆったりと口を開いた。
「そうなんですね! じゃあ、イズミさんみたく不思議な方なのでしょうね!」
最後まで自己紹介を聞いてくれたことがうれしいのか、カトウはガッツポーズをした。そして今度はレアから話を持ちかけた。
「そういえば、カトウさん。つかぬ事をお伺いいたします。とても立派な弓をお持ちですが、弓兵さんなのですか?」
レアはカトウの背中の弓を覗き込むために体を右に傾け、まじまじと見つめている。
「そうなんス! 昔から憧れていたんス! 弓道も少しやっていたんス!」
彼は背中からそれを取り外すと自慢げに掲げた。
「素晴らしいですね! 自ら花形ではなく援護射撃に回るなんて! 弓兵は他の職業と違って目立たないことが多いですからね! 飛び道具使いは姿が見えないことこそが最大の強みです!」
盛り上がっていたカトウがおとなしくなった。先ほどまでの勢いがなくなった。
「え……。目立たないって、そうなん、スか?」
どうやら目立たないと言われたことが気になったようだ。
「遠くから狙い撃ちだとやはり戦場では目立ちませんからね。でも戦いにおいては成功を陰から導く存在なので必要不可欠ですからとってもいいと思いますよ!」
「あは!そうッスよね!」
カトウは再び勢いづき、顔いっぱいに喜びを浮かべていた。
これは俺の推察に過ぎないが「陰から導く」と言う言葉に心をくすぐられたのではないだろうか。男はいくつになってもその陰の存在というものに憧れ、興奮するものだから。レアは弓をカトウから受け取り、撫でるようにして見ている。
「それにしても素晴らしい弓ですね! イヌガヤの弓幹にイラクサの弦。手入れは良くされているみたいですし。矢はどうやって調達しているんですか? やはり消費が激しいと思いますが」
「町で買ってるッス。でも最近ちょっと値上がりしているッス。百本単位でしか買えないし」
商機を感じたのか、レアの眼が一瞬光った。畳み掛けるようにカトウに一歩踏み込んで、両手を胸の前で合わせた。
「それは高いですね! それに相場よりもだいぶ吹っかけられてますね……。質もあまりよくないみたいなので弓がかわいそうですよ。うちの商会、矢も扱っているんでもしよかったらお安く手配しますよ? そうですね……、今の半分以下ぐらいの価格にはできそうですね! 頑張ればもう少し! でも、それにはたくさん買っていただかないと」
ねっ、と言いながら首をかしげて覗きこんでいる。
「マジッスか!? お願いしまッス! やったぜ!」
空を見上げて両手を上げて再びガッツポーズしている。その横で、いえいえ、と言うレアが少し怖く見えた。いやはや、さすがすぎて何も言えない。
俺の心配をよそに彼は俺のチームの女性陣全員に話しかけたが、結局相手になされないかカモ、もとい客扱いされるかで終わったことに胸をなでおろしてため息が出てしまった。
レアから格安で矢を購入できることに喜ぶカトウの姿を見ているとふと気が付いた。
そういえば俺たちは先ほどまで並んでシバサキに怒られていた。そんなことなどすっかり忘れていたのだ。そして、思い出した時には怒られていたことなどもはやどうでもよくなってしまっていた。
必要以上に落ち込まなくてよくなったのはカトウのおかげかもしれない。
読んでいただきありがとうございました。