エレミットとグーリヒア 第二十二話
「そろそろ戻りましょう。風も強くなってきた。ウトリオ上尉、ユカライネン下尉は撤収の準備にかかってください」と指示を出すと、二人は敬礼をして下がっていった。それにラーヌヤルヴィは舌打ちをした。
とにかく二人をラーヌヤルヴィから引き離すことができた。
彼女に背を向けて後ろ手を組み、準備をする二人を見守った。戻る準備など、もともと何も持ってきていないのだから無いに等しい。だが、私の引き離そうとした意思を読み取ったのか、二人は手持ち無沙汰なりに準備をしている風を装っている。
「その言い方では、スヴェンニ-たちの中でも自分たち広啓派だけが蔑まされてきたとでも言いたげですね。私が差別を何一つ受けていないと言うのですか?」
「そうだ。連盟政府から虐げられたのは、真の旧スヴェリア連邦国民である広啓派錬金術師だけだ。亡国後も誇りだけは決して奪えなかったからこそ虐げられた。
イスペイネに逃げ果せた神秘派どもは名前を変え、スヴェンニーであることをひた隠し、誇りを捨てのうのうと生きたのだろう?
そいつらが受けた差別は、広啓派の誇りを奪えなかったことへの連盟政府どもの僻みでなく、陰に潜み這いつくばるという卑屈な生き様をしていることを見下されていただけだ。つまり、エレミットどもは連盟政府にとどまらず、人間そのものから見下されていたんだ」
首だけを回し彼女を見ると、風の中で揺れている髪の奥に見える顔には自信が満ちあふれていた。
呆れた物言いだ。ことわざ通りではないか。
「まさに“スヴェニウムは奪われぬ。剣はランタンの火を切り、火は刃を鈍らせた。ロバはロバのままに”ですね」
吹き付ける風音に紛れさせそう囁いた。私は身体を緩慢に回し微笑みながらラーヌヤルヴィの正面に立ちはだかった。
「そうですね。ユニオン、かつてのイスペイネはスヴェンニーには寛容で、あなた方が受けたような差別は受けていないかもしれません。ですが、私に限って言えばあなた方が親から受けた当然の祝福も受けていません」
立ち止まりラーヌヤルヴィを見下ろした。
「それでも、最初から何もない私よりも、あなたは自分の方が不幸だということですね」
「そうだ。私の方が大変だ。社会も秩序もなく犯罪すら咎められない自由なスラム育ちに比べれば、腐りきった社会基盤に属してでも生きなければならなかった私たちの方がどれほど辛いかなど知るまい」
「なるほど、自由はいいですね。差別も何もない。生きるために必要な物さえも」
一歩ずつ彼女の前へと歩みを進めた。
吹き抜けた風に砂が舞い上がると、私とラーヌヤルヴィの間で踊った。頬に当たる風は先ほどよりも冷たくなっている。
「あなたは、ラーヌヤルヴィ家は、かつてはハルストロム家と並ぶ広啓派錬金術師の名家。しかし、連盟政府でスヴェンニーであると後ろ指をさされてハルストロム家同様に落魄れながらも、なぜか縮小されなかった家柄。温かい産湯につかり、食事も豊富に与えられ、父母家族使用人からの祝福は受けて健やかに育ち、学も与えられ、高等な魔術も教わり、そして、軍に入り将校というある程度高い地位を得られた。しかし――」
ラーヌヤルヴィの目の前で立ち止まった。私を見上げている彼女に覆い被さるように身体を傾け、その肩にゆっくりと手を伸ばした。
 




