エレミットとグーリヒア 第十九話
「どうです? ブルゼイ族のお二人さん。私たちと一緒にイズミさんの提案に協力しませんか?」
押さえつけていた銃の砲身から力が抜け、込めていた力のせいで砲身が揺れ動いた。鼓動が止まったかのような静けさに辺りを見回すと、ラーヌヤルヴィ、ウトリオ上尉、ユカライネン下尉の三人が息をのみ、私を見つめていた。
「目指す物は同じところにあるのです。本来の持ち主の子孫であるあなた方の協力があれば有利になるかもしれませんよ? イズミさんは甘いお方、協力すると言ったら快く仲間に入れてくれますよ。尤も、最初から誘拐などせず、彼ときちんと向き合っていればこんな遠回りをしなくて済んだと思いますが」
目の前の二人組も、殺しかけた相手から仲間に勧誘されるなど全く予想だにしていなかったようだ。目を見開き無表情で硬直している。
しかし、ベルカは次第にうんざりし始め「……あれだけ痛めつけといて、よくそんなことが言えたモンだな。見上げた心意気だぜ」と両掌を空に向けた。ストレルカも首を回してならすと、「寝ぼけんな。アタシらはブルゼイ族。スヴェンニーなんかとうまくやれるわけねェんだよ。それに、イズミとか言ったな。あんたはソイツじゃない。あんたがイズミのマブダチでどんだけ理解してたとしても、実際に受け容れてくれるたァ限らねェよ」と続けた。
そして、ベルカは敵意なくその背を向けた。
同時にラーヌヤルヴィの力が銃に込められた。戦争に卑怯という言葉はなく、卑怯者は勝者のさじ加減だ。馬鹿娘がここで撃てば私たちは卑怯者になる。背後を向けようとも彼らの気配に隙はない。引き金を握ることを誘導しているのかもしれないのだ。
上げさせるまいとさらに力を込めて押し戻し、ラーヌヤルヴィの足の甲へと再び銃口を向けた。
「おや、何もしないのですか?」
「勘違いすんな」
ベルカは首だけをこちらに向けた。続けて「戦いに来たんじゃねぇつっただろ。何の情報を持ってない兄ちゃん襲ってどうすんだ」そう言った彼の眉は下がり肩の力も抜けている。どうやら攻撃の意思は本当にないようだ。こちらだけが必要以上に殺気立ち間抜けた空気が漂った。
私も戦いの気配が去ったことを感じ取ったときにはすでに腰を正し、槍をだらりと下げた手で支えるだけで攻撃態勢を解除していた。気が抜けてしまいラーヌヤルヴィの銃からもうっかり手は離れていたが、その砲身は下げられたままだった。幸いにも撃たなかったが、我ながら危ういことをした。
「それよりお返事はどうなのですか? イエスともハイとも聞いていないので私は混乱してしまいます」
改めて尋ねると、「どっちも協力するじゃねぇかよ」とストレルカは鼻で笑った。そして、
「あんたらの目的を聞きに来ただけだ。ぶちのめしたいところだが、その槍も相性が悪い。今日のとこは帰らせてもらうよ」
と何も言わずに去って行くベルカに代わりストレルカがそう返事をした。そして、彼女も背中を向けるとベルカの後に続いて背中を見せた。
「また会うでしょうし、考えておいてください。良い返事を期待していますよ。返事をいただく前に邪魔をするなら容赦はしませんが」
砂埃の中へと消えていく二人の背中にそう呼びかけると、おうこええこええ、一昨日来やがれ、とベルカの声だけがした。