エレミットとグーリヒア 第十五話
「お久しぶりですね、ベルカさんとストレルカさん。シトリンの目。いつ見ても妖艶な輝きです。さすが砂漠の宝石は伊達ではありませんね」
「上佐、ど、どういうことですか!? なぜブルゼイ族がここに!? いや、ていうか何で名前まで!?」
ユカライネンは息が詰まったような音を口から出し、慌てたように声を上げた。突然の遭遇の焦りにより迎撃態勢をすぐにとらなかったことにさらに焦り、慌てて杖を腰から引き抜いて震えた手つきで二人の前に構えた。
それに続いてウトリオもゆっくりと杖を掲げた。余裕を見せているようだが、硬い顎に貼り付く咬筋はさらに硬く食いしばられ、胸鎖乳突筋は浮かび、短い髪はさらに逆立ち針山のようになっている。
「おい、スヴェルフ。お前はまさかブルゼイ族とも手を組んでいたなどというわけではあるまいな?」
ラーヌヤルヴィは二人とは異なり、私を疑うこと以外は焦ることさえもせず、ただ腕を組んで前方を遮る二人を睨みつけている。
「ご安心ください。それはありません」
「では、なぜお互いに顔も名前も知っている?」
「ノルデンヴィズで少し世話になりましてね。多少痛い目に遭わされまして」
私は槍を下段に構え、さらに深く腰を落とし、そして、いつでも踏み込めるようにと右足を地面を擦るようにして下げた。
だが、ラーヌヤルヴィは鼻を鳴らすと、私の肩を掴み上げるように押し退けて前に出た。そして、背中の銃を持ち上げ銃口を下に向け、ポケットから銃弾を取り出すと、右手でボルトを押し反時計回りに回して弾を込めた。
「どけ。こんな雑魚二人に痛めつけられる程度の弱兵が、路地で扱えもしない長尺モノなんか振り回しても邪魔なだけだ」
自信に満ちた声で低くそう言い、銃を構えてゆっくりと銃口を二人の方へ向けた。だが、その動作は強烈な違和感を覚えるものだった。なぜなら、弾を込めた後に右手は引き金には導かれず砲身を支え、代わりに引き金に添えられているのは左手人差し指だったからなのだ。
「おや、ラーヌヤルヴィ下佐、あなたは錬金術師ではないのですか? 杖でなく、銃を構えるとは」
「私の魔力は強くない。だが夜目遠目が効く。魔法で大気中の屈折率を変えて、さらに遠くを見通せないこともない。故に銃では負けるつもりはない。そして何よりこちらの方が速い」
「なるほど、特注品な銃を持っているわけですね」
私の抱く違和感は、彼女が杖ではなく銃を持ち上げたことではない。ラーヌヤルヴィの持つ銃はボルトは右に出ている。つまり、右利き用の物だ。右利きに作られた物を左手で使おうとしていることへの強烈な違和感なのだ。
それがあまりいいとは思えない。本来は利き目利き手を矯正までして右手で使わせるというのに。おまけに特注が出来るほどであるならば、なぜ左手用の物を作らせなかったのか。
おそらくラーヌヤルヴィの射撃には独特の癖があり、それにより戦果を上げて来たのだろう。時間をかけて矯正するよりも、その方が銃歩兵の少ない状態で始まった連盟政府からの離反戦争においては即戦力たり得るのでそのままになったのだろう。
北公は銃を手にしてから日も浅いうちに戦争を始めた。北公の屈強な兵たちはその日までの訓練で敵を殺す心構えはある程度教育されていたので、銃の撃ち方さえ教えれば実戦においての発砲率は非常に高い。
しかし、訓練と実戦は常に並行されていて、自分のクセを残したまま実戦に出た兵士も少なくない。その中でもラーヌヤルヴィは顕著な例なのだろう。
右利きのために作られた銃を左手で撃つ。今後、左利きのために銃が作られたとき、彼女の成績は下がるのは間違いない。左利き用を受け容れるか、それともクセを直すか。その二択を迫られたとき、彼女はどちらを拒むだろう。