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勇者の働き方崩壊編 第五話

 連絡用アイテムの買い物が終わったのはちょうど昼を過ぎたあたり。俺がレアから歴史の話を聞いている間、シバサキたちはずいぶんと長い時間買い物をしていたようだ。

 高価なアイテムをオージーとアンネリに半ば押し付けたシバサキはご満悦の様子で、脇を上げ大股に道を進んでいる。あとでキレ散らしてオージーとアンネリに「借金だ!」とか言い出さないだろうか。


 そのような心配などつゆ知らず、狭い路地を抜け集合場所にしていた広場に戻るまでの間、先頭を歩くシバサキとワタベは二人で談笑し続けていた。後ろから見えていたのは、何かの話題で異常な盛り上がり見せ大きく揺れる背中だけで、話の内容は全くわからなかった。


 二人は広場に着いてからも大声を上げながらますますヒートアップしていった。無駄話はそれからも延々と続き、その間宴たけなわな二人以外は何もすることが無くただひたすらぼんやりするしかなかった。カトウはポケットから鏡をだし前髪をちねちねと触り続け、レアは巨大な荷物を机にして書類を書き始め、カミュは腕を組んだまま目を閉じている。オージーとアンネリは貰ったばかりのマジックアイテムをいまにも分解したそうにいじくりまわしている。何もすることが無い俺はすぐ横にいたククーシュカに話しかけた。


「あの、この時間は何をする時間ですか?いつもこんな感じですか?」

「自由時間。たぶん解散になる」


 解散になる、とはどういうことだろう。これで今日はおしまい、と言うことだろうか。目を合わさず答えた彼女にもう一度どういうことか、と尋ねようとした。しかし、突然の「今日終わり終わり!」という大きな声で遮られた。シバサキは大声を上げたかと思うとその場にカトウとククーシュカを残し、ワタベと二人まるでスキップでもするかのようにるんるんと歩みだして、来た方向と反対側の路地へ姿を消した。カトウは、またッスかー、とぼやくと鏡をポケットにしまいふらふらどこかへいった。ククーシュカも俺の真横にいたはずだが、知らないうちにいなくなっていた。


 広場にいる人の話し声とたくさんの足音が聞こえる。誰よりも音と存在感を発していたイロモノ御一行が瞬く間にいなくなり、それでもまだ人通りは多いのだがそこがいくらか静かになったような気がした。

取り残された俺のチームの面々。


 困った。

 この、リーダーが右手を挙げて終わり! と言うだけで解散になるという状況は、ヒミンビョルグの件以前よりさらに悪化していないだろうか。以前は解散前には五分程度のミーティングなり申し送りなりがあった。仲間が増えた以上それはあってしかるべきだと思うのだが。いや、やるとしても五分も必要ない。例えトイレを我慢していたとしても五秒でお疲れ様でしたくらいは言えるはずだ。俺は一本締めが無くお後の悪い解散に不安を抱き、大声に驚き書類を書く手を止めて顔を上げているレアに確認してみた。


「これ、解散?」

「でしょうね……、相変わらずですね。いや前以上かも……」


 カミュのついた、はぁ~あ、というため息はこれでもかと大きく砂埃でも巻き上げそうだ。

 頭を垂れて髪に手を入れ引っ張る彼女の姿は見ていて心が痛い。申し訳なさでつぶれてしまいそうだ。


「な、なぁイズミくん、レアさん、どうなっているんだ?」


 この状況に慣れていないオージーとアンネリが俺とレアの顔を交互に覗きこむ。


「釈然としないのはわかるけど、今日は終わりみたい。お疲れ様」


 それを聞いたアンネリは戸惑い始めた。


「え、早くない? まだ依頼受けられそうな時間だけど……。てか、今日のって給料に反映されるの?それに明日どうすんのよ?」

「給料はわかりませんね……。明日は今日と同じくらいに集合……、じゃないでしょうか?」


 レアは眉をへの字に曲げて笑っている。特定の人間に集合時間の変更連絡をしてこない件のせいで俺は『昨日と同じくらい』が素直に呑み込めない。


「また変更あったら俺にも連絡くるかな?」

「さすがに来ると思いますよ。たぶん」


 なおも苦々しく笑うレアをよそに俺はどうしても胸騒ぎ―――というには大げさだが―――が止まらなかった。


 アンネリの言う通り、まだ明るい時間帯で時間的余裕がありこれから依頼の一つでも受けることは出来る。だが、リーダーのサイン、もしくはそれに準ずる同意を示すものが無ければ依頼は受けることが出来ない。残された面々は俺のチームメンバーだが、その時点でのリーダーは俺ではなくシバサキだ。もちろんシバサキが同意を示すものなどこの誰かに渡しているわけもない。


 と言うわけで、その日は夕暮れ時も待たずして買い物だけで終わったのだ。

 昼過ぎなのでどこかで飯でもと言う気分でもないし、すごすごと解散をして俺は残りの半日を無為に過ごした。


  *    *


 雀が一、二、三……、仲睦まじくベランダの手すりに止まって鳴いている。

 カミュは言葉をどこかにおいてきたのではないかと思うほどにしゃべらないし動かない。先週までの豊かな表情は完全になくなり、僅かな機微すら見せない。白い鎧の金で装飾の施された篭手を着けた腕はがっちりと組まれ、色も相まってまるでしめ縄のように自らのテリトリーを守っている。そのうちしめ縄に雀でも止まるのではないだろうか。


 レアは反対に常に笑顔だった。しかし、いくら商売上手で笑顔が得意な彼女であっても、どれだけ時間が経っても寸分の変わりもないそれは隠しきれないほど中身のないものにしか見えない。例えて言うならまるで糊で張り付けたような起伏の乏しい顔だ。


 そして、今日は始まって二日目。さわやかな朝日の中、俺の横にはカトウが並んでいる。


「なんでお前ら遅刻したんだよ」


 腕を組んで角材の上に座るシバサキはしかめた面をしてこちらをぎらぎらと睨み付けている。


「ごめんなさいッス……」


 カトウは昨日と同じように下を向きながら口をとがらせ小さな声で謝った。俺はそれを横目で見ている。シバサキは組んでいた腕を解き、ばんばんと自分の膝を叩いた。


「ごめんなさいで済むわけがないんだよ。過ぎてしまった貴重な時間をどうするつもりなんだ」


と、謝ったところで否定されるのだ。謝るカトウの隣で俺は沈黙し続け、下から覗くベランダの手すりの雀を数えていた。

 世間一般には、怒られているときはどれだけ否定されたとしてもとりあえず「ごめんなさい」や「もうしわけございませんでした」と(思っていようとなかろうと)言うのが礼儀らしい。だが、言わないことが火に油を注ぎ、怒りを加速させるとしてもこの人にその言葉たちを言いたくない。俺は、俺とカトウは悪くないのだから。


 遅刻の理由を考えたことが誰でも一生のうちに一度ならず二度三度とあるはずだ。よく遅延する電車の遅延証明書はどの駅にも無造作に置いてあるので、それを一枚するりと持ちより言い訳にしたり、寝ている間に洗濯機の元栓から水漏れしていて、朝起きて元栓を閉めたら止まったという確認の仕様がないことを言い訳にしたり、まずは自分を主語にしない理由を考える。潔く寝坊しました、などと言う人はマイノリティーだと思う。


 そのときに考えた遅刻の理由は、この目の前で説教をたれているおっさんが意図的に情報を伝えなかった、だ。


 なぜ情報を伝えていないと言い張れるのか。前日の深夜、俺とカトウ以外には集合時間変更の連絡が着ていたのだ。俺は最初に設定した集合時間に間に合うように行動していたが、変更になった時間の一分前になってアンネリが「あんた! なんで遅刻しそうなのよ!? 昨日の夜変更の連絡着てたじゃない!?」と俺に連絡をしてくれたからだ。


 彼女の話では、リーダーのシバサキは全員に伝えたと言っているらしい。もしかしたら、俺が連絡用のマジックアイテムを持っていることを知らないのだろうか。いや、俺もカトウも、連絡用のマジックアイテムは持っていることをシバサキが知らないわけがない。況して、カトウのアイテムはシバサキ自身がカトウ加入時に与えたものだ。


 変更される前の集合時間に俺は間に合っていた。だが、カトウはそれにも遅刻するような時間にやってきた。彼には誠に申し訳ないのだが、本筋で怒られているのはカトウだけで、俺がこの場で並ばされている理由はシバサキのマウンティング行為の一環だとしか思っていない。怒り続けるシバサキの口が一度止まり、反省の言葉を言う間を与えられた。


「……オレ、その連絡着てないッス」


 このタイミングでそれ言ってしまうのか、と思わず仰け反りそうになってしまった。ここでいうべきはごめんなさいと言い訳だと思うのだが。俺は意地でも言わないがな。

 これからのシバサキのセリフを当てよう。どうせ、それはお前が積極的に聞いてこなかったのが悪い、だろう。


「それはお前たちが積極的に聞いてこなかったのが悪い」


 シバサキはゆっくり目を閉じ、うんうん、と頷いている。やっぱりな。ごめんなさいが聞こえなくてイラつきだしたのか、右足で貧乏ゆすりをし始めた。しかし、シバサキの言葉は終わることが無く、続きがあった。俺をいきなり見据えた。


「イズミ、お前はカトウの先輩なんだからそこんとこしっかりしていなきゃいけないだろう? いつまで新人のつもりなんだ。いやそもそもだがなぁ、若手は集合時間よりももっともっともーっと早く来て一番偉い人が心地よくその場所に来られるように整えるのが常識なんだよ。僕だってそうしてきたんだからお前たち二人ともそんなんじゃ社会でやっていけないな。イズミ、お前は遅刻するだけじゃなくて教育までもが足りない。お前のような無能が無能を生むんだよ。カトウがかわいそうだ」


 シバサキは両手を膝の上に置き、大きく息を吸いながら空を見た。


「ああ、そうか。わかったよ。お前たちは上司に冷たいんだ。思いやりが無い」


 仕事上の付き合いしかしたくない―――それすら億劫だが―――と思っている人間に何を期待しているのだ。思いやりは職場に大事だし必要なものだ。しかしそれはお互いに思いやる心があって初めて意味を成すものだ。もし昨日のアイテム買い与え行為が思いやりとかいうのならば、人生と愛について一度考え直した方がいい。


「上司はなぁ、部下を思いやる必要はないんだよ。偉くなると下に就く人間も増えていく。だから一人に思いやりや愛情を向けてはいけないんだよ」


 これはすごい理論だ。あまりにも立派過ぎて何も言えない。

 立ち上がるシバサキは悟ったかのように悲しそうな顔をしている。

 俺はそれを虫唾が走るほど気持ち悪く感じ、思わず視線をそらしちらりとレアとカミュを見てしまった。レアは目が合うと小さく両手を合わせ、すまなそうにウィンクしていた。カミュは額をさすっている。どうやら二人は、さすがに集合時間くらいは教えてもらえるだろうと思っていたようだ。もちろんだが、この二人に何一つ落ち度はない。


 それから昨日と同じように延々と説教を受けた。思いやりどうのこうの話からあとは何一つ聞いていない。


 ベランダの雀が群れて空へ飛んで行くのを目で追いかけると、シバサキに対してもはや悪態しか付けなくなった自分への虚しさが込み上げて胸を締め付けた。

読んでいただきありがとうございました。

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