エレミットとグーリヒア 第十一話
ラーヌヤルヴィは頭が硬く一徹軍人気質なのではなく、本当にただ愚かなだけのようだ。獅子身中の虫とはよく言ったものだ。
やれやれ、後先を考えられないのはラーヌヤルヴィ家の昔からの血なのか。
これはラーヌヤルヴィに行動制限をかけるしかないのだろうか。
だが、私が言ったところで彼女は聞かない。ならば実際に一度彼女にセシリアを誘拐させて、アニエス中佐に指示を出していただこうか。
目的達成までの課程において必要だからという点においてではなく、にわかに芽生えた家族愛の中で母の役割を担うという感情的な面で引き離れることを良しとしないのは中佐自身がそうであるはず。
ラーヌヤルヴィが何かをすれば、私がお願いしなくても、セシリアに害を及ぼさないような指示を必ず出す。
さらにラーヌヤルヴィを気に入らないイズミさんはセシリアを誘拐したことでさらに彼女に対する態度を硬化させるだろう。いきりたった彼は中佐、セシリアを伴いノルデンヴィズ南部戦線の基地へと向かいカルル閣下に捜索部隊からのラーヌヤルヴィの排除を直訴する。怒りに身を任せた彼は、恐れ多くもマゼルソン長官にすら容赦なく噛みつく男だ。娘のこととなるとカルル閣下に対しても物怖じはしない。閣下ですら襟首を掴まれることもやむなし。
そして、閣下はラーヌヤルヴィにノルデンヴィズへ招集をかけ、然るべき処罰を与えることになるだろう。
もしかすると、彼自身がその手で直接閣下の前に引きずり出すかもしれない。無様な姿になったラーヌヤルヴィを。
何れにせよ、彼女の思うままにやらせれば身中の虫は自らの行いによって下される。
現場に残るウトリオ上尉とユカライネン下尉には嫌われてしまいそうだが、指示には従ってくれそうだ。些かやりやすくはなる。
だが、それはこの任務の範囲内でしか物事を考えていない。
それ以外への影響を考慮すると恐ろしいものがある。どの組織、誰も彼も抜きん出て目的、黄金を手にしたい。邪魔者は少ないほうがいい。揚げ足は常に狙っているのだ。
もし、クロエにそれが伝わろうものなら、連盟政府は児童誘拐は非人道的だと北公を糾弾するだろう。特に北は北公、西はユニオン、南は共和国、ほぼ四方から押され気味である連盟政府は声高に主張するのは間違いない。敵対していようともユニオン、友学連、共和国にも非難の声を上げろと言わんばかりに。
かつてのスヴェリア内戦は一人の子どもの負傷によってもたらされた。下手をすれば北公以外の結束を生み、固めてしまうかもしれない。そうなってしまえばイズミさんの掲げた共同での捜索には参加できなくなる。
それは必然的に、セシリアからもエルメンガルトからも遠ざかることになり、北公の入手した遺物だけでビラ・ホラへの到達を実現しなければいけない。つまり事実上不可能となる。
あくまで想定の域を出ないが、やはりセシリアの誘拐には気が進まない。してはいけない。
独断専行だとしても国は潰れる。もはや愚かな小娘一人の責任では済まされない。
誰かが机に近づいてきた気配に顔を上げると、ラーヌヤルヴィは勝ち誇ったような笑みを浮かべて私を見下ろしている。まるで“私の正論にぐうの音も出ないのか”とでも言いたげだ。
確かにぐうの音も出ない。愚者の娘は愚者。その血に刻まれた愚かさには感服せざるを得ない。
さて、どう押さえ込むか。悩ましい。
ラーヌヤルヴィを無視して考え事を再開した。